妻子をメキシコに残して米国へ移民した恋人に誘われ、「お母さん」と慕うモニカさんが運営する施設に娘を預けて、米国へ不法入国することを考えたオルガ。だが最後は、娘に母親なしで育った自分と同じ思いをさせないために、それを断念する。路上育ちの若き母親は、恋人と家庭を築くことへの憧れを振り払い、娘とともに自分の力で生活を続けることにしたのだ。

散歩中に見つけた公園で滑り台をするオルガの次女モニカ(手前)と長女アナベレン(奥)2008年 撮影:篠田有史
「父親」を求めて
米国へ去った恋人と別れた後も、オルガは再び、「父親」と言ってもおかしくないほど年上の男性パートナーを得る。新しいパートナーは妻子持ちではなかったが、私の目には、オルガを心から愛して一緒に暮らしているようには見えなかった。メキシコシティの街中で待ち合わせ、皆で散歩をする時の様子からはどうしても、彼が娘のような若い恋人を連れて歩くことを楽しんでいるだけのように感じられたからだ。
2006年、その彼との間に、アナベレンよりも6歳下の次女、モニカが生まれる。その名は、むろん「お母さん」からもらったものだ。それから2年後には、長男アランが誕生。
この頃、親子は、メキシコシティの南外れにある小さな町で暮らしていた。中心街からバスを乗り継いで2時間近くかかるところにある自宅で、オルガは専業主婦として家事をこなしながら、アランの面倒をみていた。娘たちはモニカさんのいる施設に預けられ、週末だけ家庭で過ごした。落ち着いた生活が続いているようだったが、その平穏はまもなく崩れ去る。パートナーと別れることになったからだ。
子どもが生まれたことで、パートナーとの夫婦関係が安定するものと期待していたが、それは私たちの思い違いだった。メキシコ社会では、貧困層の男性の多くが、子どもを作ってはまた別の女性へと関係を移していく。家庭を築くことよりも、女性にモテることに男としての価値を見出す。経済力に欠ける者にとっては、自分の男らしさを示す数少ない手段が、「女にモテる」ことだからだろう。その結果が、オルガたちのようなシングルマザーの存在だ。かつてオルガが滞在した母子支援施設「カサ・ダヤ」の創立者は、「この国の貧困層の8割は母子家庭です」と、嘆いた。
こうした現実の中で、オルガは、子ども3人を育てるシングルマザーになった。しかし、それから何年か後にはまた、別のパートナーが現れる。またしても、かなり年上の男性だ。彼女の心の内にはやはり、慕っていたにもかかわらず、自分の家出中に亡くなってしまった「父親」を求める気持ちが、強く残っているのだろうか。

久しぶりに会ったオルガ一家(右からオルガのパートナーとアラン、オルガ、アナベレンとモニカ)と筆者(左端)。2012年 撮影:篠田有史
自分の存在価値
その男性と出会う以前に一度、私たちは、メキシコシティでいつも滞在している友人宅の近くで、オルガ親子と待ち合わせをし、散歩に出かけたことがあった。オルガは、小学生になったアナベレンと、歩けるようになったばかりのモニカを連れて現れた。心なしか淋しげではあったが、自立心は高まっているようにも見えた。
肩を並べて歩きながら、私は彼女に「仕事はうまくいってる?」と、尋ねた。すると、
「“お母さん”の助けもあって、内職は続けられているし、何とかやっているわ」
と、前向きな言葉が返ってきた。娘たちは、引き続き施設で預かってもらっているようで、孤立したシングルマザーではない分、救われている。それもあってか、
「できれば、中学の勉強をしなおして、卒業したいと思う」
と、オルガは久しぶりに自身の希望を語った。
私は、彼女がまだ「カサ・ダヤ」にいた時に、「人権ワークショップ」の指導役を手際よくこなしていた姿を思い出しながら、その当時も一度伝えたことのある思いを、もう一度話してみることにする。
「前にも言ったけど、あなたはとても頭がいいし、人を引っ張る力、指導力があるから、しっかり勉強を続ければ、きっといい“先生”になれると、私は思っているのよ」
それを聞いたオルガは、少し驚いたような表情をしながらも、
「今も本当にそう思う?」
と、私に問い返した。「もちろん。ずっとそう思っているんだから」と応じると、今度は心底うれしそうに目を細める。
「ありがとう」
それ以来、彼女は時折、ふとした瞬間に、私にこう問いかけるようになった。
「リツコ、私って、今でもいい先生になれると思う?」
それは大抵、自分のやっていることに自信が持てなくなり、不安に苛まれた時のことだった。親から十分な愛情を受けることなく、独り、路上で長いサバイバル生活をしていた子どもたちは、すべての不幸の根源は自分にあると思い込んでいるうえ、褒められた経験に乏しいために、自分の長所を確信を持って認めるのが難しい。だから、自分の存在を強く肯定する必要に迫られると、「助っ人の一言」を求めるのだろう。
私は、同じ問いを投げかけられるたびに、願いを込めて答えた。
「もちろん。あなたなら、なれる」