キューバ東部の町で自営のベジタリアン&ビーガンレストランを開く友人アリスティデスの長女、ナリア(31)は、子ども時代、おしゃべりで社交的な少女だった。まだ幼いうちに母親と父アリスティデスが別れ、母と一緒に暮らしていたが、よく父親の家を訪ねては、その背中を見ながら成長した。そんな彼女は今、自分らしい夢を追う。
お茶目な少女との再会
少女時代のナリアの姿で最も印象に残っているのは、まだ小学校5年生くらいだった彼女に、国営「子どもディスコ」に連れていってもらった時のことだ。子どもたちが踊りに行くディスコがあると聞いて、たまたま道端で見かけた彼女に「知ってる?」と聞くと、「もちろん。よかったら連れていってあげるわよ」と提案された。自分が行きたかったようだ。そこで翌日、夕方5時前に待ち合わせて、二人で出かけた。
下町にある彼女の家から旧市街の方へ歩いて15分あまり。入り口で日本円にして10円もしない入場料を払い、中へ入る。と、店内は薄暗く、天井の真ん中にぶら下がった古いミラーボールが、クルクルまわっていた。雰囲気はまあまあだが、狭いうえに冷房が利いていないから、やたらと蒸し蒸ししていて、汗臭い。汗だくになって踊る子どもたちでいっぱいなのだから、当然だろう。客は、いかにもデートで来たという感じのティーンエイジャーばかりで、小学生や大人は見かけない。にもかかわらず、わが連れの少女は、気後れする様子もなく、両手を高く掲げて腰を器用にまわしながら、ノリノリで踊っていた。私にも「踊れ」と視線を送ってくる。子どもばかりでバツが悪いので隅っこにいたが、仕方なく彼女に近づき、一緒に体を揺すった――。
その社交性と度胸、そして時にマイペースな性格は、父親譲りだろう。大人になったナリアはどうしているだろうか。気になっていたところへ、数年前、短い時間だったが、彼女の腹違いの兄アイラン(40)の家で、再会する機会があった。アリスティデスが私たちの常宿から近い下町に自宅を構えていた頃は、父親を訪ねてくる彼女とよく顔を合わせたが、彼がバラコーアに引っ越して以来、実に16年ぶりだった。その時、目の前に現れた彼女は、少女時代の華奢で小柄なムラータ(黒人と白人の混血女子)の印象からは想像がつかないほど、大きく貫禄満々のビジネスウーマンになっていた。20歳の時、アイランとともに一年間、当時父親がやっていた保健省関係の身分証明証製作の仕事を学んだことで、自分の理想を実現するためには何より努力と挑戦が大切だと知った、と話した。その後、身分証明証製作の仕事はアイランが引き継ぎ、ナリアは夫ミチェルと二人で、彼女の名と夫の名の頭部分をつなげたNARMICHという名前の建設会社を始め、政府関係の建物の改修工事や内装デザインを請け負っているということだった。
そして19年9月。私は、メキシコシティから、ナリアに「そちらへ行ったら仕事ぶりを取材させてよ」というチャットメッセージを送った。すると、すぐに、「喜んで。ハバナに着いたら電話してね」という返事がきた。
国家の借金
ハバナ到着の夜、さっそく電話をすると、馴染みの元気な声が耳に飛び込んできた。
「着いたのね! 実は週末、私の誕生日で夫と1泊旅行に出かけていたの。で、今日は朝からバタバタで予定が立たないから、明日の午後にまた連絡するわ」
ナリアは早口でそう言い、電話を切る。翌日、連絡を待ったが、音沙汰がない。夜になって、携帯電話に「明日の午後5時以降なら、どう?」というメッセージを送ると、翌朝、電話がかかってきた。
「ごめんなさい。あなたたちのことを忘れているわけじゃないのよ。メッセージも読んだんだけど、もう夜中だったから返信しなかったの。早く会いたいんだけど、仕事が終わらなくて。午後にまた連絡するわ」
そして夕方、私は遠慮がちに再び「明日はどう?」というメッセージを流したが、なかなか返事がない。
その夜、父親のアリスティデスから電話がきた。
「元気かい。会えないのが残念だよ」
米国による経済制裁のために軽油不足で、バラコーア〜ハバナ間の長距離バスがないことを嘆く。ナリアにまだ会えずにいると伝えると、ため息交じりにこう言った。
「それは、国がまだ払ってくれていない工事費をもらうために、会計監査作業に追われているせいだよ。国は、彼女に15万ペソ(約660万円)の未払い金があるんだ」
私は一瞬、自分の耳を疑った。ナリアが国からお金を借りているのではなく、国がナリアに借金しているというのか。
「詳しいことは、会ったら聞いてみるといい」と、アリスティデスが言う。
翌日、金曜日の昼過ぎに、ナリアからの電話が鳴った。
「ごめんなさい。今日も仕事がいつまでかかるかわからないわ」
申し訳なさそうな声に、私はこう提案した。
「国がお金を払ってくれてなくて大変だと、お父さんから聞いたわ。なんなら、作業をしている場所の近くまで会いに行くこともできるけど、どう」
すると、明るい声が返ってくる。