スーパーマーケットで買い物をするヒンバ民族の「女王」
2016年6月、アフリカ南西部・ナミビアの辺境で暮らすヒンバ民族の村を訪ねた。
全身に赤土と牛脂などを混ぜ合わせた「オカ」を塗り、伝統的な装具を身につけた彼女たちは「赤い人々」「世界で最も美しい民族」と呼ばれる。
ナミビアの首都ウィントフークから四輪駆動車で約5時間。訪れたオウチョには南アフリカの地方都市で見られるような、大型スーパーやガソリンスタンドが立ち並ぶ現代的な街並みが広がっていた。
そんな見慣れた日常の光景の中に一つだけ、強烈な「違和感」が紛れ込んでいる。
赤褐色の髪や肌を持つヒンバ民族の女性たちだ。
街角の飲食店では、日本の女子高校生の集団さながらの賑やかさで、ヒンバ民族の少女たちが、マンゴージュースやヨーグルト味のスムージーを買い求めている。
生活スタイルの急激な西洋化が進む南部アフリカで、外国人たちが訪れる観光施設や祝いの日のみに演じられるアフリカの伝統様式が増えつつあるなかで、彼女たちが現代的な街なかにおいても、伝統的なスタイルを維持しながら日常生活を送っていることが、私には新鮮であり、驚きでもあった。
飲料水を求めて立ち寄った大型スーパーでもやはり、伝統的なスタイルのヒンバ民族の女性が店の入り口付近でショッピングカートを押していた。
声を掛けると、ヒンバ民族の女性は英語を解さなかったが、そばにいた青い洋服姿の女性が英語を話せた。洋服姿の女性によると、伝統的なスタイルの女性は近くの村で暮らすヒンバ民族の「女王」であり、自分は村出身の「お付きの者」なのだという。
「えっ、女王さまですか。それは大変失礼いたしました……」
私は非礼をわびた上で、自分は日本から来た新聞記者だと名乗り、もし可能であれば、女王のショッピングに同行させてもらえないかと申し出た。
青い洋服姿の女性がうれしそうに通訳してくれた。
「女王は『構いません』と言っています」
日本の「イオン」のような大型ショッピングセンターで、女王はまず飲料水のコーナーで2リットル入りの牛乳3本と瓶入りのマンゴージュース2本を買った。その後、穀物のコーナーで5キログラムのトウモロコシの粉を手に取ると、最後に1キログラムのバターの塊を全部で8個もショッピングカートに入れた。
「オカを作るためです」と洋服姿の女性が説明してくれた。「昔は赤土と牛脂を混ぜて作っていましたが、いまはバターで代用しています」
なるほど、と私は興味津々で頷きながら、聞くべきではない愚問を挟んだ。「でも、バターのほうが高くつくのでは？」
洋服姿の女性が通訳すると、女王は声を出して笑った。
「私はお金を払いません。全部、お付きの者が払ってくれるのです」
洋服姿の女性は町で働いており、現金収入がある。そのため、女王の買い物の際には一緒に付き合い、代金を支払って村へと送り届けるのが役目の一つであるらしかった。
洋服姿の女性はうれしそうに言った。
「私は女王を愛していますし、だからこうやって彼女のお役に立てるのは、私としてもとても幸せなことなのです」
レジで会計を終えたところで写真を数枚撮影させてもらい、買い物の荷物を駐車場の車へと運ぶのを手伝うと、女王から「ご希望なら、私の村に来てもいいですよ」と誘われた。
女王を乗せた旧式のフォルクスワーゲン（かつてナミビアはドイツの植民地だった）が向かった先は、木の枝と泥を使って造られた円錐形の小屋が立ち並ぶ、伝統的なヒンバ民族の村だった。一族で一つの村を形成しており、子どもを含めて80人近くいる村人たちが牛やヤギを放牧して暮らしているという。
「せっかくですから、娘たちの写真を撮りなさい」
女王にそう促され、10代とみられる若い女性の写真を何枚か撮影させてもらった。少女たちは皆恥ずかしがって私と話をしようとはしないものの、写真を撮られること自体は嫌ではないらしく、実際にオカを作って体に塗るシーンや、香木を焚いて煙で体をいぶす場面などを交代しながら撮影させてくれた。
なかに2人だけ英語を話せる女性がいた。そのうちの一人でリーダー格とみられる女性によると、オカには日焼けや乾燥を防ぐ効果があり、砂漠地帯で生き抜くヒンバ民族が長年の経験から見いだした知恵の結晶なのだという。西洋人のような水浴びはしないが、オカを塗ることで体を清潔に保てるのだという。
「特に大切なのは『髪』です」と彼女は言った。「自分の髪の毛に付け毛を施し、赤土と牛脂で固めて先端に牛の毛をつける。頭には羊の皮を載せる。それを数カ月に一度作り替えなければいけません」
「ビューティフル！」
私は彼女たちの生活様式を撮影しながら、何度かそんな言葉を口にした。
すると、それまで撮影に加わらないでいた10代とみられる少女が私のほうに歩み寄り、尖った英語で私に聞いた。
「あなたの言う『ビューティフル』って何ですか？」
私は不意をつかれて、少女の質問にうまく答えることができなかった。少女は私の取材行為を快く思ってはいないようだったが、決して怒っているわけでもなさそうだった。周囲は「また始まったわね」という視線で彼女を見ている。
「ここに来る西洋人は皆、私たちを見て『ビューティフル』って言うの。でも、あなたや西洋人が言う、その『ビューティフル』って一体何ですか？ あなたも彼らも口ではそう言いながら、誰も自分では私たちのような格好はしないし、自分の妻にさせたりもしない。私たちは私たちで、ヒンバ民族の伝統を重んじて生きている。私は女王や母を愛しているし、その伝統や継承を美しいと思っている。でも、あなたたちは実際違うでしょ？ ただ、珍しいなと思って喜んでいるだけで、それを『ビューティフル』という言葉で置き換えているだけでしょ？」
私はその場で黙り込んでしまった。少女の言葉に「その通りだ」とも、「いや、違う」とも言えなかった。
短い沈黙が流れ、周囲の少女たちが「まあまあ」といったような感じで仲裁に入った。
私は10代の少女に軽く頭を下げて、その場をなんとかやり過ごそうとした。
少女はそんな私の仕種を見て冷めたように笑い、でも直後、急ににこやかな表情になって首を振った。
「謝る必要なんて全然ないわ。私はまったく気にしない。写真もどんどん撮ってほしいわ。その分、撮影料を払ってくれれば、私たちは全然構わないから」
（2016年6月）
