実は、この果実の「食べごろ」には、科学的な名前があります。熟すまで待たなくてはならない果実を「クライマクテリック型」といい、買ってすぐに食べることのできる果実を「非クライマクテリック型」といいます。クライマクテリック(climacteric)の語源はギリシャ語のclimax(はしご)で、そこから「危機的、転換期」という意味が生まれました。急かされるようでなんだか大げさな名前ですが、成熟が「劇的」な果実を「クライマクテリック型」、成熟が「劇的でない」果実が「非クライマクテリック型」と、果実の熟し方を表しています。
まずは、成熟が劇的である「クライマクテリック型」を見ていきましょう。果実の成熟には、エチレンという植物ホルモンの一種が大きな役割を果たします。熟成すると、エチレンの発生量が1000倍以上も増大します。そうなると果実の呼吸量が2~5倍に増え、風味、色、軟らかさも急激に変化します。これを「追熟」といいます。バナナや桃は、放置しておくだけでどんどん甘くなります。果実の中に貯蔵されているでんぷんが、「追熟」によって糖へと酵素分解されることで、甘みが増す現象が起きるからです。しかし、熟成がピークに達すると、風味なども急激に落ちていきます。これが「クライマクテリック型」果実の特徴です。また、「追熟」できるため、未熟で硬い状態での収穫が可能です。ですから、輸送の際に起こる果実の損傷を軽減できるというメリットもあります。
一方、成熟が「劇的でない」果実の「非クライマクテリック型」は、エチレンをほとんど発生させることがないため、成熟の段階で果実の呼吸量が増す「追熟」は期待できません。その上、果実の中にでんぷんを蓄えていないため、収穫後には甘味が増すこともありません。ですから、十分に成熟するのを待ってから収穫し、新鮮なうちに食べることがおいしさのポイントになります。しかし、ここで「非クライマクテリック型」のイチゴは収穫後に甘くなるのではないか?という反論が聞こえてきそうです。イチゴの場合は、酵素反応によって細胞壁が軟らかくなり、芳香成分を生み出す現象です。ですから、「追熟」とは全く別の反応なのです。
ところで、アボカドが「食べごろ」になるまで待った経験はありませんか? せっかく買ってきたのにすぐに食べることができないのは困りますよね。でもアボカドなどクライマクテリック型果実は食べごろを早めることができます。リンゴなどエチレンの発生量が多い果物を近くに置いたり、袋の中に一緒に入れることで追熟を促すことができるのです。まさに、クライマクテリック型果実でクライマクテリック型果実を追熟。効果抜群なので、ぜひ試してみてください。
ちなみに余談ですが、じゃがいもの芽にはソラニンという毒素が含まれており、調理するとき取り除かなくてはいけませんよね。実は、じゃがいもの発芽もエチレンで抑えることができます。ですから、リンゴなどエチレンを発するクライマクテリック型果実と一緒に保存するだけで、じゃがいもの発芽を抑制することができるのです。現在、クライマクテリック型果実は、世界中のスーパーマーケットで残留性のない安全な「農薬」として利用されています。このように食べごろを早めたり、じゃがいもの保存に使ったり、クライマクテリック型の果実とそれが発するエチレンの科学は面白いですよね。