「IH」とは、induction heating、つまり、電磁誘導加熱という意味です。電流を流したコイルを方位磁針に近づけると針が振れるという実験をしたことはありませんか? これは電流を右ねじの向きに進めると、磁気(磁界)も右ねじの向きに発生するという「右ねじの法則」で有名な実験です。右手の親指の先を電流の流れる方向に見立てて、残りの4本の指を曲げて磁気の発生する方向を覚えたという方もいるのではないでしょうか。このようにコイルに電流を流して磁気を発生させ、その磁気の変化によって電気を発生させるという「電磁誘導の法則」を利用しているのがIH調理器なのです。
これは19世紀のイギリスの天才科学者ファラデーの偉大な業績で、「電磁誘導の法則」なしには電力供給が不可能であるというほどの大発見です。ただ、ファラデーは忘れっぽい人だったらしく、この「磁界の発生する向き」を忘れないために、いつも電線を巻き付けた鉄棒をポケットの中に入れておいたという逸話があります。今ごろ天国で、なるほど「右ねじ」や「右手」を使った覚え方があったか!と思っているかもしれません。
話は戻り、ここからIH調理器についてもっと探っていきましょう。電流を流したコイル(IH調理器)の上に鍋を置くと磁力がかかり、鍋にも電流が流れます。しかし、「そう簡単には電気を流させない!」と鍋に電気抵抗が起こります。電気抵抗が大きければ大きいほど、電気はスムーズに流れません。このように鍋に流れなかった電気が「ジュール熱」と呼ばれる熱に変化し、その熱が鍋に伝わって鍋が熱くなります。つまり、鍋自体が熱くなるので調理ができるというわけです。
数年前までは、IH調理器で使用する鍋といえば鉄でした。銅やアルミニウムは電気抵抗が小さく、電気がスムーズに通る素材であるため、ジュール熱がほとんど発生しません。したがって、鍋が熱くならないのです。最近は各メーカーが「オールメタル」のIH調理器を開発しており、アルミニウムや銅が素材の鍋も使えるようになっています。しかし、土鍋やガラスなど非金属の鍋は、電気そのものが流れないためにジュール熱を発生しません。ですから、IH調理器での使用は不可能なのです。ここでIH調理器でも使える土鍋が市販されているという反論が聞こえてきそうです。あれは鍋底に金属を挟んでいるため、やはり金属の電気抵抗とジュール熱のお世話になっているのです。
そのIH調理器ですが、「電磁波が出るらしいけれど、健康には問題ないの?」という心配の声を時々聞きます。確かに、IH調理器からは50~60ヘルツの電磁波が発生しています。2.5キロワットのIH調理器を中火で使用したとき、正面から5センチ離れたところで、2.4μT(マイクロテスラ)の電磁波が発生します。マイクロテスラとは電磁波の強さを表す単位で、5A(アンペア)の電流が流れる電線から1メートル離れた場所での強さが1マイクロテスラとなります。IH調理器が発する電磁波は、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)で設定されたガイドライン(50ヘルツで100マイクロテスラ、60ヘルツで83マイクロテスラ)の値に比べても低いだけでなく、掃除機の使用で発生する電磁波の最大値より一桁(けた)小さい値です。ですから、IH調理器の電磁波リスクがどの程度であるかは、ご理解いただけると思います。それでも…という方は、「電磁波のエネルギーは距離の二乗に反比例する」という性質を知れば、少し離れるだけで、電磁波エネルギーが大幅に小さくなることが分かるでしょう。
鍋自体の熱で調理するIH調理器は、火を使わないという安全面が注目されています。しかも、ガスの熱効率が約40%であるのに対し、IH調理器での熱効率は約80%と、エネルギー効率の良さからもエコの観点からも注目されています。しかし、既に述べたようにお気に入りの鍋が使えないという可能性もあるため、導入の際には、メリットとデメリットなど総合的に判断する必要がありそうです。