そこで女性に借金を背負わせたり、男性を応援するのに金が必要だと思わせたりしていく。彼女らはより多くの金を性売買で稼げるようにと美容整形や豊胸を勧められ、さらに借金がふくらんでいく。すると今度は闇金業者や買春者らが、借金の返済や生活苦に乗じて近づき、「お金を貸す」と言って見返りにさらなる性売買を行わせる。
やがて電気やガスが止まり、家賃滞納で住居も失うと、「うちに住めばよい」と言って住まいを提供して逃げられなくする。そうして返済が滞ると、「家族や友人にばらすぞ」などと暴力や言葉で脅しをかけ取り立てる。中には障害を持っていたり、貧困や虐待などを背景に、性売買するしか選択肢がない女性もたくさんいる。
再び常滑市の事件に話を戻すと、彼女は死児を出産した後、マンションの自室に戻り赤ちゃんの遺体を浴室に置いたという。「現実を受け止めきれず、視界に入れたくないと思った。見えなくなればどこでも良かった」と供述している。その後、母親に相談しようと実家へと向かったが、家族と顔を合わせたら「怒られるのでは……」と思って話せなかったという。そもそも相談できる人がどこにもなかったから、ここまできてしまったのだ。
彼女は赤ちゃんを実家の花壇に埋める際、くるんでいたタオルを取ることができず、顔も見られず、「私でごめんね……育ててあげられなくてごめんね……」と罪悪感を覚えたという。直視できないというのは、その現実の重さを感じていたからではないだろうか。
裁判官は「出産した時、自分の部屋に戻った時、実家に行った時……やり直す機会はいくらでもあった。目の前の現実を見たくない気持ちは分からなくもないが、流されすぎではないか」「心配なのはこれから。また状況に流されて楽な方を選んでしまうのではないか?」と問いかけたという。
私は、彼女が「流された」「楽な方を選んだ」とは思えない。彼女は一人で耐えること、自分だけで問題解決することを選ばされた。それしか選択肢がなく、ずっと一人で抱えてきたのではないか。女性を貧困に陥らせて、一人ぼっちにさせて性売買に追いやり、心身を傷つけて、今回のように犯罪者にする。そういう社会構造がこの国にはある。むしろ何も考えていないのは、彼女を妊娠させた男だが、その責任が問われることはない。
女性を妊娠させ、孤立させた社会の闇
性売買をする女性たちは、毎日複数の男性たちからレイプされ続けるような状況の中で生きている。金にものを言わせた性行為は、一番簡単な支配方法なので、買春者はここぞとばかりに無理な要求をつきつける。「生」(コンドームなどを使わない性交)や「中出し」(生挿入のまま膣内射精すること)などはその典型例だ。
裁判官は「風俗店で避妊をせずに妊娠した」と言う。しかし性売買の現場を見ると、妊娠経験のない人のほうが少ないのではないかと思うほど、中絶や妊娠出産を繰り返している女性は多い。それも1度や2度ではない――といううこともよくある。
性売買によって妊娠しても、誰にも相談できずにいる女性は多い。経済的な理由で病院にも行けない。そうして妊娠したことを受け止められないまま、路上で出産に至る女性が多いことも私たちは知っている。妊娠について正しい知識を教わる機会のないまま性搾取されていたり、避妊薬が買えなくて悩んでいたりする、そんな女性たちに「ピルをやるから中出しさせろ」と言ってレイプする男性もいるが、彼女たちはむしろそのことに感謝してしまうほど孤立している。
出産したての赤ちゃんを施設に預け、路上に戻って来て性売買をしている女性と出会うこともある。借金があるから、家賃を払わないといけないから、男に渡さないといけないから、それしか自分にはできることがないから――と、すぐに戻ってくる。男たちも気にしないどころか、妊婦風俗や母乳風俗で働かせる。お腹の大きい妊婦をレイプしたり、母乳を飲んだり、それすら売り物になるのが今の日本社会だ。
確かに日本社会は、売春防止法でいわゆる「本番行為」を禁止している。しかしそれは建前であり、たくさんの女性が性売買で妊娠している。買春者のほうも、責任を問われないことを知っているから「生」「中出し」をする。スカウトなどの斡旋者や斡旋業者の責任も問われない。勝手に女性が「本番」をしたのだと言い逃れし、自分たちは知らなかったと被害者面できるようになっている。
それを警察も司法もわかっていて、女性だけが批判されたり処罰されたりすることが繰り返されている。売春防止法の「勧誘罪」でも、捕まるのは常に女性だけである。私はある警察官から「警察は女性を捕まえることしかできない。だから、あなたたち支援者の活動に頼るしかない」と、はっきり言われたこともある。
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そうして、似たような事件は今も全国で繰り返し起きている。
23年1月、大阪市で住居不定・風俗店従業員の33歳の女が、路上で出産した女児の遺体をかばんに入れてコインロッカーに遺棄したとして逮捕、起訴された。彼女はビジネスホテルを転々としつつ毎月約35万円の給料をホストクラブで使い、交際していたホストにも借金があった。これまでに死産を含めて12回出産し、子どもを施設に預けているが、今回は家がなく保険証も切れていて病院に行けなかったという。
札幌でも、風俗店で妊娠した女性が子どもを遺棄する事件があった。この女性は22年5月に札幌市内のホテルで赤ちゃんを出産し、直後に湯を張った浴槽に沈めて窒息死させたうえ、遺体をクーラーボックスに入れてコインロッカーに放置。殺人と死体遺棄の罪に問われ、懲役5年の実刑判決が出た。彼女の弁護団は「風俗店で男性客に無理やり性行為をされ妊娠。生まれた赤ちゃんを目の当たりにして混乱し、極度に疲弊した状態で、自分をコントロールする能力が低下していた」「ADHDグレーゾーンなどの被告の知的能力の影響で誰にも相談できずにいた」と主張しているそうだ。
これ以上、こうした悲劇を繰り返さないためには、性売買に関わる女性に自己責任を押し付けるのではなく、背景にある性搾取の構造を理解して、それらを変えるよう行動することである。まずは買春者や業者を処罰する法律などを整備し、性売買せざるを得ない状況にある女性たちにそこから抜け出すための具体的な選択肢を提示して、関係を作り、支えることが必要だ。
【参考資料】
「風俗店勤務で妊娠 赤ちゃんの遺体を実家の庭に埋めた29歳の女『私でごめんね・・・』共用トイレでたった1人で出産…死体遺棄事件で執行猶予付き判決」(CBCニュース、2023年7月22日)
「赤ちゃんの遺体遺棄の罪 母親に有罪判決」(NHKニュース、2023年7月21日)
「『私でごめんね…』赤ちゃんの遺体を実家の庭に埋めた29歳の女 風俗店勤務で妊娠 共用トイレでたった1人で出産… 裁判で見えた『人生』」(CBCニュース、2023年7月8日)
「愛知・我が子の遺体を庭に埋めた元保育士『月100万円貢いでいた』メンズ地下アイドルの“闇”」(週刊女性PRIME、2023年4月28日)