児童相談所と警察の情報共有に懸念
2018年3月に東京・目黒で起きた女児虐待死事件。児童相談所が関与していたにも関わらず、5歳の少女の命を守れなかったこの事件を受けて、児童相談所の虐待情報を警察と全件共有することを求める声が大きくなった。しかし、私はそのことに危機感を抱く。例えばハイティーンの子どもたち――特に虐待や困窮から生き延びるために万引きや性売買、犯罪に関わった少年少女は、警察による取り締まりやけん責を恐れて、ますます助けを求められなくなるからだ。
朝日新聞の報道では「厚生労働省によると、虐待が疑われるとして全国の児相(筆者注 : 児童相談所)が2016年度に対応したのは12万2575件に上る。一方、08~15年度の8年間で心中以外の虐待で亡くなった子は408人。うち約4人に1人は、児相が関わったことがある子どもだった。どの段階で警察へ連絡するかなどの基準は、自治体によってまちまちだ。子どもの支援に関わる自治体職員は『子どもを長い期間見守るためには、親との信頼関係を築くのが一番大切。警察と訪問した途端、態度を硬くする親も多い』と話す」とある(朝日新聞デジタル、18年6月16日)。
都内のある児童相談所では、親が子どもに会わせることを拒否したため警察に援助要請して住居へ立ち入り、未就学の女児を保護した事例がある。茨城県や愛知県では、今年(18年)から児童相談所が把握した全ての虐待情報を警察と共有している。埼玉県や岐阜県でも、児童相談所と警察間で「情報の全件共有」を行う方針が発表された。
3日間で8万人以上の署名を集めた「もう、一人も虐待で死なせたくない。総力をあげた児童虐待対策を求めます!」という署名サイト(https://www.change.org)のキャンペーンで掲げられた「児童虐待八策」にも「児相の虐待情報を警察と全件共有をすること」が挙げられている。
児童虐待については、これまで市民の関心が高まらず、重点政策にならなかった。現場の支援者の多くも、危機的状況にある目の前の子どもたちに関わるのに精一杯で、政策提言には力を入れる余裕なく過ごしてきた。私もその一人だと思う。児童福祉に関わり、現場で悲惨な現実と向き合い続けている人たちが、政治家や市民の意識を喚起するような動きを十分に作れずにきた結果、体制も制度も変わらないまま弱い立場の人にしわ寄せがいってしまっているのも事実だ。
そんな中、目黒の女児虐待死事件から始まったこの署名サイトのキャンペーンは、影響力のある人々が声を上げ、タレントなど著名人も賛同して注目を浴びている。いち早く立ち上げたことでインパクトもあったろうし、待ったなしの現実がある中で、世間の関心が高まっていることはうれしく思う。「支援に詳しくない自分にもできる」「今すぐにできること」と考えて、賛同した人も多いのではないだろうか。
キャンペーンに賛同する人にはさまざまな立場や考え方の人がいて、多くが虐待対応の現場を知らない人たちだろう。そうした人たちがまとまり、声を上げ始めたことは確かに喜ばしい。しかし一方で、影響力のある人々が問題の背景などをよく理解しないまま声を上げていることや、署名に賛同する一人ひとりがどこまで問題を理解しようとしているのか、という点に不安も感じている。例えば冒頭に書いたようなことだ。
今回は現場からの声を聞いてほしくて、その問題について書くことにした。
警察組織は子どもに寄り添えるか?
私は日々、虐待などによって家にいられない、もしくは家にいたくなくて街やSNSをさまよううちに犯罪に巻き込まれたり、日銭を得るため性売買や万引き、振り込め詐欺の受け子などに関わったりした少女たちと出会っている。非行や家出に走る子どもたちは指導や矯正の前に、家庭などの背景へと介入し、福祉、医療、教育的なケアにつなげるべきだ。が、そうした子を理解できる大人は少なく、当事者たちは学校でも排除され、児童養護施設や自立援助ホームなどの児童福祉施設などでも「問題行動がある」として受け入れてくれれないことが多い。福祉の現場でさえそんな状況なのだから、警察がケアの視点を持って保護に関わってくれたことはほとんどない。
警察では、非行に関わった子は取り調べの対象となり、犯罪者扱いされる。少年院に入院する子の多くも家族関係に悩みを抱えているように(家に戻せない、しかし他に受け入れ先がないことから、少年院しか行き場がないという子もいる)、そういう子たちは大人から裏切られたり、「非行」されたりした経験がある子がほとんどだ。しかし、警察に児童相談所の情報が流れるなら、そういう子は家に居場所がなくても、ますます児童相談所には頼れなくなるだろう。
保護のニーズが高まる夜間や土日祝日、年末年始に駆け込める公的機関は警察だけなので、「長期休暇の時や土日、夜間には『危険を感じたら警察に駆け込むんだよ』と子どもに言うしかない」といった学校教員などの声も聞く。実際には明らかな虐待があり、本人も保護を求めていて、学校から児童相談所に何度も虐待通告しても保護してもらえない中高生のケースはよくあるのだ。しかし警察は福祉施設ではなく、不適切な対応をされることが多い。
例えば、父親に殴られて交番に駆け込んだ中高生に、警察官が「お巡りさんがお父さんに言ってあげるから」と言って親を呼んで叱り、親子とも家に帰すようなケースに私は何件も関わっている。そのことで虐待が更に悪化し、子どもはそれ以来、他人に相談ができなくなり警察も恐れるようになった。
虐待を背景に家出や性売買に関わった少女が警察に駆け込み、「家に帰りたくない」「親にも迎えに来てほしくない」ということで私たちが呼ばれて行ったら、「ふらふらしているのが好きな子なんでしょう」「これだけ売春を繰り返しているんだからまずは鑑別所。親にも連絡したけど無関心だったので、その後は少年院しかないでしょうね」なんて軽々しく言われたこともある。彼女は虐待の影響から精神障害も抱え、躁状態になって「親に振り向いてほしい」という気持ちで、この日、衝動的に警察に駆け込んだ。迎えに来てくれると思った親は来てくれず、深夜だったこともあって補導され、取り調べられるうちに性売買に関わっていることが発覚したのだ。
彼女に弁護士を付けたいと言うと警察はなぜかそれを渋った。他にも18歳未満ではなかったが、性虐待から逃れるため地方から逃げてきた女の子と一緒に警察へ行ったら、事件が起きた場所はここじゃないので、今から新幹線で地元へ帰り、家の近くの警察に相談しなさいと言われたこともある。彼女は地元で頼れる人がいなくて東京の支援団体を頼って逃げて来たのに、警察は「シェルターなら地元にもあるでしょう」などと執拗(しつよう)に諭し、レイプキットによる検査もせず帰そうとした。
公的機関で唯一、街やSNS上で積極的に家出や性売買に関わる子どもを発見し、つながる活動をしているのも警察だが、それは「補導」という形になる。補導された子は生活態度を注意され、親や学校に連絡され、家に連れ戻され、家庭裁判所によって少年鑑別所や少年院に送られることもある。だから私自身も家を飛び出て繁華街をさまよった中高生時代、「警察は見かけたら逃げるものだ」と思っていた。
全ての子どもに弁護士を付けたい
私は女子高校生サポートセンターColabo(コラボ)の活動を行う中で、子どもの気持ちに寄り添おうとする警察関係者とも出会っているが、中には「個人的には『それでいいのか?』と思っていても、警察官として動く以上、警察組織の役割の中で対応をせざるを得ず心苦しいこともある」と話す人もいた。
また虐待を受けている中高生の中には、家族が犯罪に関わっていることを知っている子もいる。児童相談所に相談して警察から家族に手が伸びてしまうことを嫌う子は、助けを求めることができなくなる。「情報の全件共有」は幼い子にとっては救いになることもあるかもしれないが、思春期以降の子たちにとっては脅威にもなる。虐待を背景に万引きや性売買に関わる、ハイティーンの子どもたちをどう守るかを考えていきたい。
子どもが児童相談所に保護を求めた際、家を出てギリギリの生活を続ける中で盗みや性売買に関わったことが分かった途端、その子を警察に任せてしまおうとする児童福祉司もいる。その瞬間から、彼女は保護を求める虐待被害者ではなく、取り締まりの対象である非行少女として扱われてしまう。
あるハイティーンの少女は、虐待によって児童相談所に一時保護されていた時、過去の犯罪行為が発覚して鑑別所へ行くことになった。彼女はその後、少年院に入ったが出院時に家に帰されてしまった。家では虐待が続いたため、彼女には居場所がない。
少年鑑別所
家庭裁判所の求めにより犯罪を犯した少年(満20歳未満の子)を収容し、少年審判で処分を決めるための鑑別や観護処遇を行う施設。少年鑑別所法に基づき地域社会における非行および犯罪の防止ににあたる。都道府県庁所在地などに設置され、全国に50カ所ある。
少年院
家庭裁判所から保護処分として送致された少年(満20歳未満の子)に対し、健全な育成を図ることを目的として矯正教育や社会復帰支援等を行う施設。年齢や心身の状況によって3種類に分けて設置され、第3種を除いて男女別となっている。全国に50カ所以上ある。