女児虐待死事件から感じた危険な空気(1)からの続き。
必要なのは児相や保護所の見直し
目黒の女児虐待死事件について言えば、問題の本質が果たして児童相談所と警察との情報共有ができていなかったことなのだろうか? それよりも虐待防止のためにまず必要なのは、児童相談所の体制を見直すことだと私は思う。
虐待を受けた子どもはさまざまなトラウマを抱えており、その影響から身を守るために嘘をついたり、甘えたり、大人を試したり、暴力的・反抗的・無関心な態度を取ったりすることがある。それらへの対応には知識と経験が必要だが、児童相談所には事務職として採用された公務員が児童福祉司として働いていることがあり、そういう人はトラウマへの理解やケアの視点を持って関わるための専門性が身に着いていないことがある。
更に人員不足で職員に余裕がなければ、子どもや他機関支援者との関係作りに時間を掛けることも難しい。知識と経験のある人を児童福祉司として採用し、専門性を磨きながら長く勤務し続けてもらう仕組みや、一つひとつのケースに丁寧に対応し、学校や医療、民間支援団体などとの連携ができる時間的、精神的な余裕を確保することが必要だ。
現在、1人の児童福祉司が100ケース以上を抱えている児童相談所もあり、そこの職員から「すぐに命に関わる低年齢の子を優先せざるを得ず、中高生は後回しになる」と言われたこともある。私は、今関わっている子どもに適切に対応できるようにするためだけでも職員数は最低5倍、支援を求めながら対応されていない子どもたちのことを考えると10倍以上に増やすべきだと思う。0〜18歳と幅広い年齢の子を同じ児童相談所職員・施設で見るのにも無理がある。乳幼児と中高生では対応の仕方や必要なスキルも違うため、10代の子どもたちに対応する専門チームを作るべきだ。
現状で児童福祉司は子どもだけでなく、家庭を支援するため親の問題にも関わっている。同じ担当者が子どもと親の両方から話を聞いて関わるので、児童福祉司と親との対立が生じやすく、子どもからの信頼も得にくい。客観的な判断のためにも、親と子で関わる担当者は分けるべきであり、「子どもの話」を子どもの気持ちに寄り添って聞けたり、親を支えられたりする民間支援者などとの役割分担、連携も必要だ。
そして、子どもの人権が守られない一時保護所の在り方も変えるべきだ。これは憲法学者である木村草太氏の編著『子どもの人権をまもるために』(2018年、晶文社)に共著者の一人として書いたが、ここでも述べておきたい。
児童相談所に保護されると多くの場合、まずは一時保護所に入所し、その間に家庭の状況の調査をしたり子どもの生活場所を探したりする。一時保護の期間は2週間〜2カ月程度が基本となっているが、次の受け入れ先が見つからないなどの理由から最長1年以上入所していた少女を私は知っている。その間、彼女は何カ月間も学校に通わせてもらえなかった。
一時保護期間中は学校での授業だけでなく、クラブ活動や定期試験、文化祭、体育祭、卒業式などの行事にもほとんど参加できない。そのため子ども自身が保護を拒み、虐待の事実はなかったと嘘の「撤回」をすることもある。
また、一時保護期間中は外部との連絡を絶たなければならず、友人や先輩、アルバイト先などに「今から保護されるからしばらく連絡できません」などと知らせることも許されないままに保護され、人間関係が壊れてしまうこともある。外部との接触が断たれ、精神的に追い詰められる子どももいる。多くの場合、教員や民間支援者との連絡や面会も許されず、一時保護所内で不安を感じたり不当な扱いを受けたりした時も、誰かに相談するなど声を上げにくい状況となっている。
せめて身を隠す必要のない子どもだけでも、通学や外部との連絡は許されるべきだ。一時保護所の中にも、状況に応じて登校や、教員、支援者などとの面会を許可している施設もある。そうした施設を参考に体制の見直しが必要だろう。
子どもが安心できる一時保護所を
一時保護所の中では、不可解な禁止事項やルールが存在していることもある。例えば、私語禁止、鉛筆回し禁止、髪の毛の黒染め強要、お絵描きなどで1日に使える紙の枚数が1人1枚までなどと決まっている、貸し出される下着や衣類に番号が付いている、自傷行為の傷跡は包帯を巻いて隠させる、トイレは許可制で職員が付いてくる、歯磨き粉を自分で付けるのはダメ(職員がつける)、兄弟姉妹であっても会話や所内での接見は許されない、など。
入所時の荷物検査も厳しく、「学校で配布されたプリントやテスト用紙、友人からの手紙などプライバシーに関わる物まで1枚ずつ確認された」と話す高校生がいた。入所中の衣類について「親が持ってきてくれない中高生は、みんな上下黒のスウェットを着させられ、刑務所のようだった」「ピアスの穴が塞がらないように透明のプラスチック製ピアスを付けたかったが許されず、穴が塞がってしまった」と言う子もいた。ある少女からは「居室に行くまでに何重もの鍵付き扉を開けて進まなければならず、脱走できないように窓も開かず、外の空気が吸えない環境の一時保護所もある」という話を聞いた。
ルールに違反した罰として体育館を100周走らせたり、態度や目付きが悪いなどと職員が怒鳴ったり、虐待のトラウマから男性職員におびえて面接で黙り込んだ少女に「大人との上手な付き合い方」をテーマにした課題図書を読ませて反省文を書かせたり、衝立で仕切った学習机で5時間も漢字の書き取りをさせたり、学習レベルに合わない計算ドリルをひたすら解かせたりなどを「内省」の名目で行ったりする所もあるらしい。
「自分が悪いことをしたからここに来たわけじゃない。親が暴力を振るったから来たのに囚人になったみたい」「刑務所みたいな場所だった」「虐待があっても家にいたほうがましだと思って、家に帰りたいと言った」「もう二度と行きたくない」と話す子たちと私は出会っている。そうした子どものおびえを知った親や児童養護施設の職員が、「言うことを聞かないとまた保護所に入れる」と、脅し文句として使うこともある。このように、今の一時保護所の在り方は、子どもの学ぶ権利や自由を奪うようなものになっている。
現在、少年院などでも施設見学ができるが、一時保護所については、特に居住スペースは弁護士や支援者などでも多くの場合見学させてもらえず、中で起きている事は子どもたちから聞いた話でしか分からない。先に挙げたような現状や、保護所ごとのルール(制度化されているものだけでなく、暗黙のうちに「私語禁止」などが慣例になってしまっているものを含めて)を調査し、見直すことが必要だ。
しかも一時保護所は、年齢や性別(性的マイノリティーの子どもへの配慮も含む)などに応じた個室整備も十分ではなく、スペース不足の問題もある。より家庭的な環境で保護できるよう、児童養護施設を含む開放施設や、里親などの活用を積極的に行ってほしい。それでもキャパシティーが足りないなら、民間支援者を一時保護委託先として認めるなどの運用も必要だ。いずれにせよ、子どもが「脱走したい」と思わないで済むような、「ここに来て良かった」と思えるような場所で一時保護を行えるようになってほしい。
自分ごととして考える姿勢を持つ
もう一つ、今回の目黒女児虐待死事件では5歳の少女が書いた文章がセンセーショナルに報じられ、虐待に関心が向いて親への批判が強まっていることにも危機感を覚える。
SNS上でも「そんなことする親は許せない!!」「どうして自分の子どもにそんなことができるのか分からない」「人間じゃない!」「そんな親は犯罪者だ」「死刑にしろ」「虐待する親の親権は停止すべき」「これまで同じような事件があるたび悲しむだけで何もできなかったから、その罰として今回の事件が起きた。今回こそ国を動かそう!」などという書き込みが目に付く。が、多くの場合は虐待した親も孤立・困窮していたり、障害や病気、その他の困難を抱えていたりする。
そのことを一番近くで見ていて感じ取り、理解しているのは子どもたちであり、たとえ自分に暴力を振るう親であっても他人に悪く言われることを嫌がる子も多く、私もその一人だった。親が自分を大切に思っていないわけではないと知って、虐待を受けてもなお「親のことが好き」という子どもも少なくない。容易に親権停止を叫んだり、親を犯罪者扱いしたりすることは当事者を更に孤立させ、追い詰めかねない。
児童相談所
児童(満18歳未満の子)およびびその家庭に関する問題についての相談、児童及びその保護者の指導などを行う専門の相談機関。児童福祉法第12条に基づき、各都道府県・指定都市に必ず1つ以上設置され、2017年4月1日時点で全国に210か所ある。
一時保護所
虐待、置き去り、非行などの理由により子どもを一時的に保護する施設。(1)緊急保護、(2)行動観察、(3)短期入所指導などを行う。児童福祉法第12条に基づき、児童相談所に付設もしくは密接な連携が保てる範囲内に設置され、2017年4月1日時点で全国に136か所ある。