ソダーバーグ監督は、『トラフィック』(2000年)や『ザ・ランドロマット―パナマ文書流出―』(2019年)など、その時々の社会問題を定期的にテーマにしていますが、この映画もそのジャンルに入ります。マルチスレッド方式で物語が展開し、ドキュメンタリーを思わせるカメラワークなど、彼の作風も存分に生かされています。
ストーリーは、香港から発生した未知のウイルス「MEV-1」が瞬く間にアメリカ、東京、ロンドンなどに広がっていく中、これに対処するアメリカのCDC (疾病対策センター)や国連のWHO(世界保健機関)の職員たちの奮闘を中心に展開します。新型コロナウイルスよりも格段に致死率が高い「MEV-1」は、映画の中では最終的に世界で2600万人を死に追いやることになります。
感染症の専門家の協力を得て作られたこの映画は、コロナウイルスで多くの人が知ることになった感染力を示すR0(アールノート 基本再生産数)の計算式や基礎的な対策についての情報だけでなく、ウイルスの脅威やパンデミックで予期し得ることの全ての問題点が網羅されています。蔓延初期の医者の誤診断、行政当局と保健局との連携不足、科学者同士の張り合い、安全保障上の問題、ウイルスの進化、医療崩壊、都市のロックダウン、各国の情報操作合戦などです。いわばパンデミックが起きた場合のシミュレーション映画としても位置づけられるでしょう。
例えば、コロナウイルス騒動で問題になったことのひとつは「インフォデミック」と称された、デマや偽情報の拡散でした。日本では当初「納豆がコロナに効く」として品薄になり、チュニジアでは同じようなデマからニンニクが大量購入されたとの報道もありました。ウイルスはヒトとともに拡散しますが、偽情報はSNSとともに拡散していきます。
『コンテイジョン』でも、CDCやWHOの陰謀説を喧伝(けんでん)したり、ウイルスにはある薬草が特効薬になると偽情報を流して株価を操作しようとしたりする有名ブロガー(SNSが一般的になるまでブログこそが個人の情報発信の主たる手段でした)が重要な配役として登場します。主人公の一人、CDCのチーヴァー博士は「パニックはウイルスより深刻だ」と指摘します。
コロナウイルス収束のためにはワクチン(抗体)開発が待たれますが、『コンテイジョン』でも最終的にワクチンが開発されて、物語は終わりを迎えます。もっとも、どのようにしてワクチンを国民に行き渡らせるのかという問題を扱う点で、この作品はさらなるリアリティを帯びます。劇中ではワクチン開発から接種開始までの時間に100日以上がかかり、生産が限られるなかで、どのような順番で国民に抗体を打っていくのかが大きな問題となります。今後、私たちも同じ局面を迎えた段階で、世界中で議論が巻き起こることになるかもしれません。作品では、くじによって選ばれた誕生日ごとに打つ順番が決まるという設定になっています。ウイルス対策以上に、ワクチン接種時に予想されるパニックを避けつつ、いかに収束させるのかという局面でも各国行政の手腕が問われることになるでしょう。
歴史学者ウォルター・シャイデルは近著『暴力と不平等の人類史』(東洋経済新報社、2019年)で、長い人類史の中で、戦争、革命、帝国・国家の破綻(はたん)に加え、疫病がその後の社会を平等化する作用を持ったとしています。ペストのような疫病は社会階層に関係なく人々の命を脅威に晒してより平等な制度を生むきっかけを作り、さらに労働の担い手を減らして賃金を上げる効果を持ったためです。ポストコロナウイルスの世界をどのように各国や他人と協力しながら作り上げることができるか、今から考えておくことが必要です。
『コンテイジョン』では、物理的に接触する握手が人々の協力の象徴として示されています。人々が互いに疑心暗鬼に陥らず、物理的に協力することができた時、ポストコロナの社会が初めて生まれることになるでしょう。
科学は役に立たない?――『アンドロメダ…』
タイム誌が選んだ先のパンデミック映画傑作選の一つにも挙げられていたのが『アンドロメダ…』(ロバート・ワイズ監督、1971年)です。SFと感染症ものを掛け合わせた作品ですが、原作者は『ジュラシック・パーク』シリーズを著したマイケル・クライトン。これを『ウエスト・サイド物語』のロバート・ワイズ監督が映像化しています。
映画は、ニューメキシコ州の小さな町に人工衛星が墜落し、乳児とアルコール中毒者の2人を除く住民全ての血が粉末状になって死亡するという不可解な事件が起こるところから始まります。
この謎に挑むのが、ノーベル賞受賞者でもある科学者ストーン博士が率いる研究チームです。彼らは、厳重に密閉された秘密の地下研究所で、人を死に追いやった細菌を特定しようとします。近未来的な設備で、未知の宇宙の微生物がその犯人であることが解明され、これが「アンドロメダ菌株」と名付けられます。しかし、実際には微生物だった菌の生態と生存者がいた理由が判明した直後、菌が流出、研究所が汚染されます。研究所にはこうした事態を想定して、ウイルスを破壊するための核爆発装置が備えられており、カウントダウンが始まりますが、「アンドロメダ」は核爆発でさらに拡大する性質を持つため、ストーン博士のチームが何とかしてこれを止めようとする、というのがあらすじです。
スリリングで複雑なプロットを持つ上に、70年代のSF映画らしい、様々な機械やコンピューターのレトロなデザインとギミックが魅力の作品ですが、作品の根底に流れるのは科学の限界です(『ジュラシック・パーク』のように、原作者のクライトンには同じテーマのものがあります)。科学者たちは名声や研究資金集めだけに熱心で、実際は細菌拡大に対して無能であることが随所に示されています。今のトランプ政権を彷彿とさせる「大統領は科学者を信用してない」というセリフもあり、核爆弾投下を巡って結果的に政治判断が科学的判断よりも正しかったことも示唆されています。
「アンドロメダ菌株」が殲滅(せんめつ)された後の議会の公聴会で「我々はどう対処すれば?」と問う議員に対して、ストーン博士は「問題はそこです。何をすれば良いのか」と答えます。新型コロナがどのようなものなのか、まだ正確にはわかっておらず、これが対策をより困難なものにしています。これまでの科学的知識でもって、未知の存在に対処することには限界があります。
私たちはこれからも様々なウイルスと対峙(たいじ)しなければならないでしょう。
感染症を題材にした映画のベスト10
『トゥモロー・ワールド』(アルフォンソ・キュアロン監督、2006年)
『12モンキーズ』(テリー・ギリアム監督、1995年)
『28日後...』(ダニー・ボイル監督、2002年)
『ボディ・スナッチャー/恐怖の街」(ドン・シーゲル監督、1956年)
『第七の封印』(イングマール・ベルイマン監督、1957年)
『赤死病の仮面』(ロジャー・コーマン監督、1964年)
『ザ・クレイジーズ』(ジョージ・A・ロメロ監督、1973年)
『アンドロメダ…』(ロバート・ワイズ監督、1971年)
『アウトブレイク』(ウォルフガング・ペーターゼン監督、1995年)
『暗黒の恐怖』(エリア・カザン監督、1950年)
(出典:TIME「Top 10 Epidemic Movies」)