『Vフォー・ヴェンデッタ』――受け継がれる革命
「彼らに子どもがいたら革命を引き継ぐのかしら」とは、リードとルイーズを知る老女の劇中の証言ですが、失敗や成功を超えて、革命精神は世代を超えて引き継がれていったことは事実です。そのことを強調するのが『Vフォー・ヴェンデッタ』(ジェームズ・マクティーグ監督、2005年)です。作品は、もとはイギリスのコミック誌で、後にアメリカのDCコミックスで連載されたグラフィックノベルが原作で、脚本は『マトリックス』シリーズで名を馳せたウォシャウスキー兄弟によるものです。主人公である通称「V(ヴィ)」が付けている「ガイ・フォークス」の仮面は、今でもアナーキズム運動や抗議運動の象徴となっています。
この「ガイ・フォークス」とは、1605年に、当時のイングランド王ジェームズ一世の議会での爆破死(「火薬陰謀事件」)を企てた人物のことです。イギリスは19世紀に至るまでプロテスタントとカトリックの間の紛争が絶えず、政治の主たる対立軸でした。国王の座をカトリックに取り返そうとしたのがフォークスだったわけですが、映画はその処刑シーンから始まります。彼は今風にいえばテロリストでしたが、その後のイギリス史の展開を経て、今では圧政に対する抗議の象徴的人物ともなりました。
ただし『Vフォー・ヴェンデッタ』は歴史作品ではなく、ジャンルでいえばディストピアSFに入ります。舞台は、第三次世界大戦を経たイギリス、そこでは「教化(Reclamation)」と呼ばれる独裁者による監視と抑圧が横行しており、秩序維持のため、暴力のみならず、人々の思考や言葉をコントロールする全体主義国家が描かれます。ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』で用いられた、TV画面を通じた情報統制や政府による「ダブルスピーク」(悪を善と言い換える技法)なども随所に応用されています。「『表現』や『解釈』という言葉が危険になり、『国家への忠誠』などの言葉が力を増していった。人と違うことが危険になった」とは、レズビアンであることの廉(かど)で逮捕され、獄死した女性が遺した言葉です。
この社会に猛然と反旗を翻したのが「V」と呼ばれる、正体不明の男性です。彼はジャックしたTV放送で、「自由と正義は言葉ではない、生き方だ」と、ちょうど1年後に国会議事堂に集まるよう、視聴者に呼びかけます。そんなVが目をかけたのが、革命家の父のもとに生まれた、TV局で働くイヴィーという女性です。彼女は、Vの乱暴ともいえる策略でもって、本来の自分の使命である革命家としての意識に目覚めることになります。

映画『Vフォー・ヴェンデッタ』より 写真:AFLO
Vとは一体なに者なのか? 作品の後半では、その謎が徐々に解き明かされていくとともに、専制主義国家がどのような経緯で生まれたのかの理由も明かされていくことになります。強権が求められたのは、政府が武器として開発したウイルスによるパンデミックが起きたためで、それを奇貨として政府は強大な権限を手中にすることになったのでした。イタリアの思想家ジョルジョ・アガンベンは、国家は自らの手足を縛る法の停止を狙った「例外状態」を意図的につくり出し、それによって脆弱になった人々の生を支配するようになるのだ、と論じました。映画でも「例外状態」を生み出すのが権力にとっての古典的な手法であることが示されていますが、Vはその被害者の一人でもあったのです。
Vは敵弾に倒れることになりますが、革命のバトンはイヴィーに手渡されます。「私や彼らを生み出した古い世界は今夜終焉を迎える」ことになるからです。「理想(アイデア)は死なない」というのが、映画冒頭で示されるこの作品のライトモチーフですが、仮に失敗しても、革命の理想は世代を超えて受け継がれ、生き永らえていくことになるのです。
歴史学では、革命は単に不満を抱えた民衆が蜂起するだけでは成功せず、これが実現するためには有能なリーダーや既存エリート間の対立、国際情勢、共有される物語などが必要だということは、革命研究の多くが指摘してきたところです。これらの要素を過不足なく取り入れてストーリーが展開されていく点なども、この作品を唯一無二のものとしています。