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ホモ・サピエンスは、象のような巨大な動物を獲物にしていた。ヒトに最も近い霊長類であるチンパンジーも狩りをするけど、自分たちより大きな動物を狙ったりはしない。ヒトは道具を使ったチームプレイで、時間をかけて象や鯨のような巨大な獲物を追い詰めた。つまりヒトの狩りには段取りが必要だし、狩りをするための道具を作るには熟練した技術と経験値が必要となる。旧石器時代の原始的な石斧だって、当時としては最新鋭のテクノロジーで作られているのだ。使いやすい石斧を作れるのは熟練の職人なので、その職人が持っている知識と技術は若い弟子に伝えないと、技術が絶えてしまう。使いやすい石斧を作れる職人さんが事故や病気でいきなり死んでしまったら、その集団は、新しい石斧を作れなくなって絶滅してしまうかもしれない……。
道具を作る技術と、それを上手く使う技術は次の世代に伝えなければならないし、そもそも象のような巨大な獲物を狩るためには計画性と打ち合わせが必要だった。巨大な象を獲物として消費するためには、象を追いかけて追い詰める係と、とどめを刺す係、そして象を解体して調理する係と、高度な役割分担が必要となるわけで、これらは情報の共有が要となる。
つまり、我々ホモ・サピエンスが生き延びるためには、度重なる打ち合わせが必要だったので、簡単な身振り手振りを進化させて、膨大な情報量を共有できる言語というメディアを生み出したわけです。たぶんね。情報の共有というのは凄く大事なことで、たとえば毒のある植物は食べないようにすることで、仲間が死ぬのを防げる。チンパンジーはコロブスという小さな猿を捕まえて食べることがあるのだけれども、それぞれが単独でコロブスを襲うのでホモ・サピエンスのような計画性のあるチームプレイは全くない。人類が今に至る巨大な文明を築いたのは、この情報の共有に基づくチームプレイがあったからで、個々人のスペックを超えたパフォーマンスが可能になったわけです。そして、この情報の共有というヒトならではの能力が、物語を生んだのだな。
ヒトが老人を大切にするのはもちろん、狩猟や道具を作るのにまつわるノウハウや、出産から育児に必要な事柄などの様々な知識を老人が持っているからなんだけれども、老人はそういった無数のノウハウだけでなく、面白いお話をたくさん知っている。そう、お年寄りは昔話の語り手でもあるのだ。ここで重要なのは、老人の語る面白いお話の中には、生活に役立つライフハック情報だとか、道徳にまつわるエピソードなどが含まれていることなのです。いちいち説明するとキリがないけれども、たとえば「アリとキリギリス」や「三匹の子豚」のようなお話はライフハック情報でもある。もちろん、全てのお話が生活の役にたつわけではないけどさ、面白い上に役にたつお話があったからこそ、面白いお話というのは爆発的に伝播することになった。たとえば、『アンクル・トムの小屋』(ハリエッド・ビーチャー・ストウ著、1852年発表)は、その当時において大ヒットしたわけだが、この作品のおかげで黒人を差別するのは良くない!と思う人が増えたから、結果的に黒人解放運動が盛んになったのです。ヒットした小説が、人々の道徳心を進歩させたんですね。これがストーリー、物語と呼ばれるもののもつ一つの側面なのである。そしてそれは、元々は語り手から聞き手へとダイレクトに伝えるものだった。
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今でも南米や東南アジアの山岳地帯などには無文字社会が存在し、文字のない生活を送っている人たちがいる。そういった集団にはたいてい語り部がいて、神話や昔話、自分たちの歴史を若い者たちに語り伝えている。無文字社会における語り部の語り口は、ある意味でラップのようなものだ。そう、リズミカルに韻(いん)を踏んで歌うように語られる。日本のような先進国だって、国民のほぼ全員が読み書きできるようになったのは、明治以降の義務教育が成立してからである。だから江戸時代には文字を読めない人がそれなりにいたわけで、無文字社会に近い文化はあったのだ。地方の老人が語る昔話を録音すると、その地方の方言の特徴を活かした非常にリズミカルな語り口であったりする。江戸時代に成立したとされる落語や浪曲、講談なんかもリズミカルでしょ。あれはそもそも、文字を読めない人がまだ大勢いた頃のメディアなのだ。昔話というのは、リズミカルで音楽的な要素があるからこそ、歌を覚えるように年老いた語り部から次の世代の語り部へと語り継がれてきたのだろう。そう、物語が誕生する前に歌があった。喜びの歌や悲しみの歌というのは言葉がなくても成立しますよね。たとえば、異性への求愛のために、ある種の鳴き声をあげる鳥や動物がいることはよく知られているけど、これはズバリ、始原のラブソングだ。ラブソングは言葉が誕生するずっと前からあったのだし、ホモ・サピエンスにおいてはおそらく、これから狩りに出かけるぞ!とか、肉を焼いて食うぞ!みたいな歌のようなものもあったのではないか。いや、さすがに確証はないけどさ、盆踊りにしろアイドルのライヴにしろレイヴパーティーにしろ、集団になって騒ぐのはホモ・サピエンスという動物の習性だからね。宇宙人の目から見たら、盆踊りとレイヴの区別なんてつきませんよ。
何が言いたいかというとだな、おそらく歌のようなものが文化進化して物語が生まれたのだ。人間は、石器の作り方から使い方、狩でしとめた獲物をさばくやり方。そして育児のノウハウなど、次の世代に伝えなくてはならない情報がやたらと多いから必然的に言葉という便利なツールが爆誕したわけですが、その言語と歌が合体して、神話とか叙事詩が生まれたのだろう。神話には、自分たちのルーツを説明するものが多いけれども、これは我々がアイデンティティを求めて自分たちのルーツを知りたがる動物だからだ。ホモ・サピエンスは基本的に知りたがりであり、探究するのが好きなので、どうして毎朝東の空から日が昇って夕方になると西に沈むのか?とかの理由を想像してしまうのである。自然現象の多くは、原始時代の人智を遥かに超えていたから、あれはたぶん神様がやっているのだろう、という発想に至り神話が生まれて宗教が誕生する。そしてそれは、始原のストーリー、物語でもあったというわけさ。