これは大発見だった。そもそもカメラマンさえいれば映画は撮れるのだけれども、俳優の顔に光を当てる役割のスタッフがいると、カメラマンひとりで撮影するよりも豊かな映像になるわけです。そして、それらの仕事を統括して指示するようなポジションの人がいた方が撮影現場の進行が速やかになる。それ以来、映画の撮影は撮影、照明、演出(監督)の分業制度で発達することになった。撮影現場で必要とされる細々とした作業を分業制にすることで撮影は迅速に進む。撮ったものをそのまま見せるのではなく、編集というプロセスを経てより効果的に観客の感情に訴えかけるような映画の文法が見出されると同時に、カメラマンひとりでやっていた映画の撮影が、カメラマン、照明、監督、編集という4つの職種に分業化されたわけだ。複数の職種のエンジニアが協力し合って一つの作品を作るようになった。この時点で、映画の製作費というのはフィルムや現像にかかる費用と、スタッフとキャストを合わせた人件費だ。分業制によってスタッフの人数が増えると、否応なしにお金がかかるわけだが、そうやってお金をかけた映画が大ヒットすれば簡単に元は取れるから、ヒットしそうな作品には湯水のごとくお金を使っても良いじゃないかという発想が生まれた。基本的に映画のフィルムというのは現像代を含めるとかなり高価なものだったので、お金を引っ張ってこないことには映画は撮れない。その代わり、出資した映画が大ヒットした場合には出資者は大きな利益を得ることになる。映画産業というのは基本的に資本主義の申し子なのだ。だから必然的にお金を動かすプロデューサーという立場も重要になってくる。プロデューサー、監督、脚本家、カメラマンと照明、編集、そしてそれぞれのパートに助手がいるという分業制度が確立されると、映画を量産するシステムが整った。
映画がヒットすれば、当然のようにグリフィスの発言権は増す。そうでなければ、たった数年で『國民の創生』のような超大作の企画が通せるようになるわけがない。彼は、映画の文法を発展させることで、カメラマンとは違う映画監督という職種が何をする仕事なのかを明確にし、なおかつ撮影現場における監督の地位を向上させたわけだ。映画産業に携わる人たちの多くが、どうやら監督というのは、思っていたよりも重要なポジションのようだぞ、と気がついたんですね。何故ならば、監督次第で映画の出来不出来が変わるからだ。そしてグリフィスは、明らかに優秀な監督だった。

『國民の創生』でのリリアン・ギッシュ(写真:AP/アフロ)
カメラマンは、照明係と二人三脚でいい映像を撮る仕事である。そして監督は、どんな風に撮るかをカメラマンと相談しながら、撮った映像をどういう順番で観客に見せるかを考える仕事だ。具体的に言うと、監督はカメラマンと編集マンの中間地点にいるし、カメラや照明といった技術スタッフと俳優たちの中間地点にもいる。かなり曖昧なポジションなんだけど、観客に物語を届けるためのストーリーテラーは監督なのだ。ストーリーそのものは、もちろん脚本家の仕事なんだけど、それを効率よく観客に届けるのが監督の仕事なので、様々な映画の技法を駆使して効率良く観客に、その作品ならではの雰囲気と物語を伝えられるのが上手い監督、ということになる。たとえば、ロングショットで全景を撮った後で、いきなり誰かのクローズアップになると、観客のエモーションはその登場人物のエモーションにぐっと引き寄せられる。これが映画の文法なんですね。映画監督というのは、こういった映画の文法を山ほど自分の引き出しに持っている。俳優の演技を、いかに効果的に観客に伝えるかのマニュアルみたいなもので、ヒッチコックとかスピルバーグといった技巧派の監督たちは、並の監督よりも分厚いマニュアルブックを脳内に持っている、わけですよ。
監督の仕事として、こんなふうに演じてくださいと俳優に指示する演技指導があるんだけど、その演技をただ撮影するだけでは映画監督とは言えない。ロングショットやクローズアップを組み合わせて(いわゆるカット割というやつです)俳優の演技を効果的に観客に伝えることができないと、いい映画監督ではない。俳優の演技とカット割を組み合わせて、観客の心を揺さぶる。それが映画のマジックで、グリフィスはそれを発見したのだ。20世紀の初頭において映画はグローバルな存在だったから、アメリカのグリフィスが映画の文法を発展させると、他の国の映画人たちもすぐに反応して、さらなるイノベーションが行われた。グリフィスがたったひとりで映画の表現に革命を起こしたわけではない。メリエスやポーターといった先人がやりかけていた仕事を更に洗練させたのです。
グリフィスが発見した映画の技法とは何かというと、物語を効率良く観客に伝える技法だった。いきなり根源的な話になりますけど、我々ホモ・サピエンスという動物は、何よりも物語が好きな生き物なのである。常日頃から物語を摂取していないと生きてゆけないほど、物語に依存し、物語を常に求めている。つまり、物語に対しては飢えた獣のような動物なんですね。だからホモ・サピエンスは物語を大量生産する。映画が誕生した19世紀において、西欧の先進国では小説という物語を伝達するメディアが最盛期を迎えていた。だからこそ、映画は19世紀の小説からリレーするようなかたちで物語を伝えるメディアの王座を担ったわけです。
というわけで、映画の歴史について延々と語ってきたけれども、次回からはいきなり文学史の話になるのだった……。
参考文献
『リリアン・ギッシュ自伝 映画とグリフィスと私 (リュミエール叢書 8)』リリアン・ギッシュ、アン・ピンチョット著、鈴木圭介訳、筑摩書房、1990年
『サイレント映画の黄金時代』ケヴィン・ブラウンロウ著、宮本高晴訳、国書刊行会、2019年