加藤 ワハハハハ(笑)。「ふえるワカメ」を入れようという発想がとてもおもしろいですね。
たい平 かわいくてやさしいおかみさんです。今でもおかみさんに会うとこの話になります。あと一時期、これまた正蔵師匠がもらってきた子ブタも育てました。大変だったけど楽しい経験でした。
加藤 海老名家の生きもの係だったのですね。なんか、猫以外の動物のエピソードは次々出てきますね(笑)。
落語で人の心をデザインしたい
加藤 私は落語にあまりくわしくないのですが、猫が出てくる噺もありますよね。たい平 たくさんありますよ。意外と深刻な噺もあったりするんですが。
加藤 深刻っていうのは化け猫とかですか?
たい平 それもありますし、三味線の皮にされちゃう噺とか。僕が好きなのは、隣の猫の病気見舞いにもらった鯛の余り物と酒飲みの熊さんが出てくる「猫の災難」という噺。あとは、猫のえさ皿をめぐる古美術商と茶店のおやじのやりとりが滑稽な「猫の皿」なんかもいいですね。ぜひ聞いてみてください。
加藤 ところでたい平さんはなぜ落語家になったのですか? 武蔵野美術大学に通っているときに、つぶれそうになっていた落研に入ったそうですが。
たい平 そうなんです。デザインを勉強するために美大に入学して、何かサークルに入ろうかと思っていたときに、落語研究会ののれんを見つけて興味半分でちらっとのぞいたら、先輩たちが廃部の相談をしていた。部屋にはこたつがあって、「こたつにでも入っていかない? 落研に入れなんか言わないから大丈夫よ。もうつぶれるんだから気にしないで」って初対面なのにとてもやさしくしてくれた。で、僕が入ったらつぶれないのかな、この先輩たちを助けられるならいいかなと思って入っちゃった。落語にはまったく興味がなかったのに。
加藤 卒業後、デザインの道に進もうとは思わなかったんですか?
たい平 大学で「デザインは人を幸せにするためにある」という教えを受けて、どうやったら実践できるのか考えながらいろんなことを学んだけれど、どれもしっくりこなかったんです。ある日、課題をこなしながらつけていたラジオから落語が聞こえてきた。実は落研にいながらあんまり真剣に落語を聞いたことがなかったんですが、そのときはどんどん噺に引き込まれて、頭の中で映像として見えたんです。どんな長屋に住んでいて、大家さんがどんな顔で、食べているものの味まで想像でき、笑えるしあったかい気持ちになった。あれ? 自分が表現する手段としてもっとも合っている画材は落語かもしれないと思えたんです。絵や形に残すだけがデザインではなく、元気がない人、落ち込んだ人が落語を聞いて、また明日がんばろうと思えることは心のデザインだって。それが大学3年のころ。でも迷いもありました。僕は性格が普通すぎる、もっと破天荒じゃないと芸人には向かないんじゃないか。当時はちょうどバブル期でしたから、就職先はたくさんあるし給料もいい。一方、落語家は寄席に行っても客が1人か2人のところもいっぱいあった。とにかく落語を2席覚えて、着物を着て「奥の細道」を旅しながら、老人ホームで落語を聞いてもらううちに、落語家ってやっぱりいい仕事だと確信しました。
加藤 落語とデザインは全くの別ものではなかったんですね。
猫とかけてニャンと解く?
加藤 さて、そろそろ、猫のおもしろい話、思い出しましたか?(笑)たい平 そうですねえ(苦笑)。じゃあ、なんで猫のエピソードが他の生きものたちみたいにすぐ浮かばないかと考えてみると、関わり方が違うような気がするんです。たまたま同じ家に住んでるけど、猫は自由に生きてるというか、ガッツリお世話をしているという感覚が僕にあまりないからかもしれません。
加藤 猫の世話は奥様がやってるんですか?
たい平 いえ、ごはんもトイレの掃除も全部僕です。
加藤 自宅でも生きもの係なんですね。
たい平 はい。マネは朝の5時半に僕の部屋に起こしに来るんです。6時にごはんをあげて、食べ終わるとまた部屋に来て、「ごちそうさま」って感じでニャアと言って出て行きます。マネはとてもいい間(ま)の取り方をするんですよ。ベタベタするわけじゃないけど、いてほしいときにふとそばにいてくれる。落語も人生も間が大事ですが、彼は落語家でも大成すると思います(笑)。僕は彼から間の取り方をすごく学んでいる気がします。猫はみんなそうなのかもしれないですが、マネは特に絶妙です。
加藤 飼い主が何かをしているとすぐジャマしにくる、間の悪い猫もいっぱいいますよ(笑)。
たい平 そうですか。もう一つ猫を飼ってていいなと思うのは相手を思う気持ちが生まれること。人同士だと言葉に頼りすぎていて、実は伝わっていないことも多い。でも猫とは言葉がわからない分、一生懸命に相手の気持ちを理解しようとするお稽古を毎日しているようなもの。犬は全身で表現するから、「あ、うれしいんだ」とかなんとなくわかるじゃないですか。でも、猫は、今のニャアはなんだろう、このニャアニャアはどんな思いなんだろうと、相手を思う力が養われる。猫と一緒にいるとそれも勉強になります。
加藤 なるほど。さあそろそろ時間が来てしまいましたが、最後に無茶ぶりしていいですか? せっかくたい平さんに登場していただいたので、今回はなぞかけで締めていただきましょう。いいですか、猫とかけてなんと解く?
たい平 いきなり来ましたね(笑)。わかりました。それでは、猫とかけて僕の着物姿と解く。
加藤 その心は?
たい平 どちらも、にゃあう(似合う)でしょう。
加藤 パチパチパチ(笑)。はい、ありがとうございました。
◆一筆御礼 ~対談を終えて
「事務所に来たのは初めてだから怖がって出てこないかも」というたい平さんの言葉とは裏腹に、事務所内を堂々と闊歩し続けたマネちゃんでした。たい平さんがいるから安心していたのでしょう。きっと、ミレーという猫の兄弟を亡くしたマネは、たい平さんを兄弟とみなして新たな絆を結んだのだと思います。たい平さんは無意識のうちにそれを受け入れているせいで、マネのことを「この人」と、つい言ってしまうのでしょう。たい平さんとマネとは“種”の垣根を超えた“おとなの男どうし”の関係のように見えました。
考えれば、「落語は心のデザインだ」という話も垣根を超えた発想です。