加藤 猫のほうがプラス評価なんですね。
犬童 猫の撮影はOK前提じゃなくて「できない前提」にしたほうが、スタッフもストレスがかかりません。
加藤 『グーグー』は猫が出てくるシーンがとっても多いので、黒澤映画の経験上、さぞや大変だろうと思ったんですが、そうでもなかったんですね。
犬童 でも、撮影以前に、僕がこれまで撮った作品の中で映像化が一番難しいと思ったのは映画版『グーグー』なんです。この作品は大島弓子さんと猫たちとの何気ない日常を描いたコミックエッセイで、ストーリーがあるわけではないから、映像化なんて無理だと思っていました。だけど、僕は大島さんの漫画作品のファンで、大島さんの作品の映像化を他の人に渡すのもいやだった。だから、とりあえず引き受けましたが、撮り始めるまでには3年くらいかかりました。結果的には、映画版を撮ってみたらもっと表現できると思って、キャストを変えてWOWOWでドラマ版としてシーズン2(2014年、2016年)まで撮りました。大島さんが作品に込めた真意がだんだんわかってきたので、もう少し撮りたいのですが。
加藤 チャッピーと暮らして、猫への思いや捉え方が変わったということもあるんじゃないですか?
犬童 それはあります。動物トレーナーの「猫が疲れているからこれ以上無理」と言っていることがわかりますから。猫がいなかったら、撮り方もまったく違ったでしょうね。

人間は猫と同じヒエラルキーの中にいる「よくできたサル」
加藤 猫の魅力ってどんなところだと思いますか?犬童 実際に一緒に暮らしてみて、動物がちゃんとものを考えて生きているということがよくわかりました。飼っている人からすると当たり前のことかもしれないけれど、猫に限らず動物にも行動原理がちゃんとあって、一つひとつを判断しながら動いているというのが一緒にいるとよくわかります。
加藤 面白い意見ですね。人間の見方も変わったなんてこともありますか?
犬童 僕は以前から人間は「よくできたサル」で、まだサルの段階にいて、実質的には他の動物と同じヒエラルキーの中にいると思っているんです。人間には考える力と伝える言葉があり、他の動物から抜け出ているというふうにしたいから、「人間」という言葉を作ったけれど、そう呼ぶにはまだ値していない。それを映画にしたのが『2001年宇宙の旅』(1968年公開)だと思っています。
加藤 わかる気がします。動物分類学というのがありますが、分類したのは人間だから自分たちとサルを分けたけれど、宇宙人が分類したら、私たちもゴリラ、チンパンジーと一緒にしちゃうでしょうね。シッポがないただのサルですよ(笑)。
犬童 そうですよね。グーグーとチャッピーと一緒に並んでソファに座っていたりすると、なんだか純粋に同じヒエラルキー、同じタイミングで一緒にいる感覚になるときがあるんです。猫を飼ったことでその視点がより推し進められている気がします。

猫は守ってあげたくなる存在
犬童 まあ、いろいろ偉そうなことを言いましたが、全部無視してひと言で言えば、猫ってかわいいですよね(笑)。加藤 アハハハ。その、猫のかわいらしさってなんでしょうかね。
犬童 これを言葉でどう説明すればいいんだろう……。小さくてやわらかいというのはありますよね。あっ、あとはテンションかな。犬はテンションが高いですよね。喜ぶにしても怒るにしても。でも猫は、トイレの前とかにダーッと急に走り出すことはあっても、基本的にテンション低めじゃないですか。グーグーがああやって座っているのは穏やかですよね。犬はだら~っとしてても、なんかテンション高くないですか(笑)。
加藤 アハハハハ。これは大人だからわかる魅力かしら。
犬童 確かに子どもは一緒に遊べる犬のほうが好きですかね。大島さんが、猫は今の人間社会の中においたら人間が守らなければ生きていけない存在だと言っているのですが、それは猫のことをよく表していると思うんですよ。どこか弱いところがあって、守ってあげたくなる、そうさせることを身につけているというか。
加藤 守ってあげないとだめと思わせている。だから生き延びてきたのかもしれません。
犬童 見ているだけで穏やかになれる。それに、闘犬はあるけれど闘猫はないですよね。
加藤 猫は戦わずに逃げますから無理でしょうね。戦わないために威嚇し合って、ケンカも一瞬ですから。
犬童 僕が思うに、猫って「非戦」なんですよ。敵を作らない。芸人で言ったらタモリさんですよ。(ビート)たけしさんは敵を作って自分が相対することに挑んでいる。でも、タモリさんは敵を作らないので、見てるとほっとしませんか? いつ噛みつかれるかわからない相手だと気が気じゃないけど、戦わないことがわかっている相手だとほっとする。
加藤 すごく面白い哲学ですね。
犬童 僕、『笑っていいとも!』がなくなったときに、「残念」じゃなくて「やばい」と思ったんです。お昼に『いいとも!』をやっているような国が戦争なんかできるはずがないと思っていたから。今、最後の砦は『タモリ倶楽部』。あの番組がなくなったら日本は本当に危ないと思っています(笑)。猫はそういう存在。チャッピーやグーグーがいる横でテレビを見ていると、すごくほっとします。それは猫が非戦で、「戦わない」というオーラを出しているからだと思うんです。第二次世界大戦下で、ララ・アンデルセンの歌った「リリー・マルレーン」がドイツ軍側から聞こえてくると、敵対する連合軍側も黙って耳を傾ける瞬間がありましたが、猫にはそういう力があると思っています。
加藤 そうかもしれませんね。今日はとても面白いお話が聞けました。ありがとうございました。

◆一筆御礼 ~対談を終えて
子どもの頃から猫と暮らしてきた人は猫の存在が当たり前になりすぎて、「猫を見ながら哲学をする」ことが難しくなっているのかもしれません。犬童さんの「猫は非戦」という言葉は、猫が風景の一部になってしまっている私にとって、とても新鮮でした。