安倍晋三首相は昨年(2017年)の憲法記念日に、「2020年を新憲法が施行される年にしたい」「憲法9条の第1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」「高等教育の無償化を実現したい」と、突如発表しました。
この安倍首相の発表を受けて、ついに改憲スケジュールが明らかになったと大騒ぎになりました。20年に新憲法施行となると、この18年の通常国会、あるいは、秋の臨時国会で、その発議を狙う可能性が高いといえます。
9条に「自衛隊を合憲とする」という第3項を追加する安倍提案は、これまでの自由民主党の提案とは大きく異なります。自民党は、12年に「自民党憲法草案」を出しており、その中で、自衛隊を「国防軍」として、現在の9条を完全に変更するとしていました。
しかし、昨年末に取りまとめた自民党の憲法改正推進本部の論点整理では、「国防軍」という表現はなくなりました。その論点整理においては、9条と、緊急事態条項の創設、参院合区解消、教育充実が取り上げられましたが、9条については意見をまとめることができず、第2項削除案と維持案が併記されました。
今回の安倍提案については、自民党内でも意見が割れています。安倍首相の「第3項加憲」案は、第1項、2項を変えると国民投票で賛成が得られない可能性があるとの懸念から出されたものです。歴代の自民党案とは異なるため、自民党内からも批判の声が上がりました。例えば石破茂氏が、憲法改正は安全保障環境の急激な変化に対応するものであるべきで、自衛隊が憲法違反との意見を払拭することのみにおかれるべきではない、という批判をしています。
9条第3項加憲は過剰な軍事力拡大への道
緩やかな変更に見えるこの第3項加憲について、これまで9条改正に反対していた人たちの中にも「自衛隊が存在する現状を憲法に書き込むだけだ」という説明に納得している人がいると言われています。
しかし、これは誤りです。
現状が変わらないなら憲法を変えることにここまで政権が熱心になるはずはありません。
長いこと、政府の解釈は「自衛隊は合憲」であり、憲法を変える必要はありませんでした。しかし、この数年で集団的自衛権の行使を認め、安保関連法制を成立させたために、政府の従来の「『自衛権行使のために必要最小限度の自衛力を持つこと』は憲法9条に違反しない」との説明が成り立たなくなったのです。日本が攻撃を受けていないのに武力行使をするのは、必要最小限度とは言えないからです。
すなわち、今回の改正の主目的は、安保関連法制下の任務や集団的自衛権を行使する自衛隊を合憲とし、さらにその権限を広めるための布石を打つことにあります。
なお、現在、どのような条文を「9条第3項」として提案するのか、具体的な改憲案は明らかになっていません。この点、政府としては、安保関連法制や集団的自衛権行使を容認する憲法へと改正するかどうかをはっきりさせずに国民投票にかける戦略であろうとも言われています。
安保関連法制の制定当時、これに反対するデモが全国的に巻き起こりました。安保法制や集団的自衛権を合憲とするための改憲であるとすると、あの反対運動が再び巻き起こり、国民投票は容易にはくぐり抜けられません。かといって、安保法制や集団的自衛権を認めない憲法改正をしてしまっては、新しく成立した憲法のもとで安保法制が違憲となってしまいます。
従って、極めて曖昧な形で、しかし、「成立した後で安保法制や集団的自衛権を合憲と解釈できるような形」での憲法改正草案が出される可能性が高いと考えます。
「現状は何にも変わりません」という謳い文句のもと、これが成立した後には、自衛隊のあり方は従来のものから根本的に変化し、その活動範囲や任務がより拡大されていく。これが現時点で最も考えられるストーリーでしょう。
また、一度改憲を実施することで改憲のハードルを下げ、その後のさらなる改憲を容易にしていくための第一歩にしたい、と考えての今回の「第3項加憲」の提案だと言わざるを得ません。
安倍政権で跳ね上がった防衛装備費
憲法改正問題だけではなく、北朝鮮問題に対する姿勢や、防衛装備費の増加等の政府の政策を見ると改憲の方向性も含めた安倍政権の全体像がより明らかになります。
例えば、2017年11月の東京でのトランプ・安倍首脳会談は、日本の今後の外交・安全保障についての日本の姿勢を端的に示すものでした。会談後の日米共同記者会見で、安倍首相は北朝鮮問題について「日米が100%共にあることを力強く確認」したと述べました。トランプ大統領は、すべての選択肢がテーブルの上にあるとしており、武力による解決もその選択肢から外していません。北朝鮮との間で武力紛争が起これば、日本に多大な被害が生じることが容易に予測されますが、安倍首相は、そのトランプ大統領の立場を一貫して支持してきました。
また、北朝鮮情勢や、日本に防衛力強化を求めるアメリカの影響を追い風に、自衛隊の強化が年々進んでいるという点も見逃してはなりません。11月の会談でトランプ大統領に求められるまでもなく、安倍政権下ではすでに、アメリカからの防衛装備品の購入は急激に増加していました。日本がアメリカから装備品を購入するときは、ほとんどの場合、アメリカ政府が提示する条件を受け入れなければならない「有償軍事援助(FMS:Foreign Military Sales)」という政府間取引で購入しています。そのFMSの購入額は、安倍政権の13年度から17年度は1兆6244億円で、その前の同じ5年間(3647億円)の4.5倍に跳ね上がっているのです。ステルス戦闘機F35、オスプレイ、弾道ミサイル防衛対応のイージスシステムなどの高額装備品の導入も増加しています。F35は既に42機の購入が決まっており、陸上配備の新型ミサイル迎撃システムのイージス・アショアの導入も決定済みです。
また、政府は長距離巡航ミサイルの導入も検討していますが、中谷元・元防衛大臣などはこのミサイルは敵基地攻撃への転用も可能であるとの認識を示しています。これは17年3月、自民党が政府に提出した敵基地攻撃能力の保有を求める提言の流れに沿った発言です。
最後に
安倍首相の「第3項加憲」案は、こうした北朝鮮情勢への対応や自衛隊装備の強化、安保法制を通じての自衛隊の任務拡大などの文脈の中で生まれてきたものです。「現状は変わらない」と片付けるのではなく、安倍政権がどのような国づくりを行おうとしているのか、冷静に見極める目が必要です。