なぜ「台湾有事」で日本が戦争になる可能性があるのか
2022年12月16日、日本政府は安全保障をめぐる三文書(「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」)を閣議決定した。国会での議論がまったくなされないまま、敵基地攻撃能力の保有や防衛費の倍増など、日本の安保をめぐる歴史的な大転換がなされた。
政府が、「反撃能力」と言い換えた「敵基地攻撃能力」は、相手国が日本に対してミサイルを発射していない段階でも、日本への攻撃に着手したと判明した時点で、先にそのミサイルを日本から攻撃できるというものだ。これは、事実上の先制攻撃として国連憲章違反であったり、日本国憲法の専守防衛の立場から逸脱したりするのではないかという懸念がある。もとより、そんなことをして相手のミサイルを一発つぶしたら、その直後に何百発ものミサイルが日本に向けて飛んでくるのではないか、という懸念が頭から離れない。
にもかかわらず、政府が安保政策の大転換の必要性を説くために語っているのが、台湾の独立をめぐって中国と台湾(あるいは、加えてアメリカ)が戦争になる「台湾有事」である。しかし、日本の安保を議論する際に、まず私たちが冷静に確認しなければならないのは、「日本だけではどの国とも戦争になる理由も可能性もほとんど存在しない」という現実だ。
日本と中国との間には尖閣諸島をめぐる対立は存在するが、日本国民は尖閣を守るために、ウクライナとロシアのような戦争を選択しないであろうし、中国も尖閣を得るだけのために日本と戦争まですることは現状考えにくい。北朝鮮も、ミサイルを頻繁に飛ばしてはいるが、あれは日本ではなくアメリカ東海岸へ核弾頭を搭載したミサイルを届かせるようにするための演習である。他の方角だと隣国であるロシア・韓国・中国の領土に着弾するため、日本海の方向へ飛ばしているのである。
原則に立ち返れば、もし台湾有事が起きたとしても、日台で軍事同盟を結んでいるわけではないので、日本が台湾を防衛する「義務」というのは存在しない。
では、日本一国では戦争になる理由がないにもかかわらず、なぜ台湾有事で日本が戦争になる可能性があるのか。
それは台湾有事にアメリカが介入して米中戦争となったときに、日本がアメリカの作戦の一部を担うからである。よく「米中の戦争に巻き込まれる」と言われるが、日本は率先してアメリカの作戦の一部を担おうとしており、自らの選択によりその道を選んでいることを私たち国民は自覚しなければならない。
「自発的対米従属」
2022年10月、アメリカは国家安全保障戦略(NSS)を発表し、「統合抑止」を推進すると表明した。「統合抑止」とは、同盟国の軍事力を強化させることで、アメリカ自国のための抑止力を同盟国の力を借りて強化するという概念だ。これを日本周辺に当てはめると、アメリカだけではインド太平洋地域において覇権国たる地位を維持できず、台湾を守るための抑止力も提供できないため、日本の軍備拡張および協力が必要である、ということを意味する。
こうしたアメリカの要請に対して、日本は2022年12月の安保三文書改定によって、軍事力強化を決め、アメリカの抑止力の一部となることをこれまで以上に許容し、アメリカと一緒にこの戦略を推し進めていくと応えたのである。実際、国家防衛戦略には「それぞれの役割・任務・能力に関する議論をより深化させ、日米共同の統合的な抑止力をより一層強化」として、「統合抑止」が謳われている。
こう述べると、「また対米従属か」という声が聞こえてきそうである。
しかし、繰り返しになるが、日本はこの道を自ら選び取っている。
今回の日本の安保三文書の最上段にある「国家安全保障戦略」には、「インド太平洋地域において日米の協力を具体的に深化させることが、米国のこの地域へのコミットメントを維持・強化する上でも死活的に重要である」と書かれている。
トランプ政権時代に米軍がこの地域から引く可能性を示唆された経験も手伝って、日本の安保関係者の間では「何とかしてアメリカにこの地域での今のプレゼンスを維持してもらいたい」「そのために日本は何でもする」という想いが強い。つまり、日本が巻き込まれている、という側面だけでは現実を正しく表しておらず、「日本がアメリカを必死に巻き込んでいる」という側面が存在するというのが実際である。
急速に一体化が進む米軍と自衛隊
そして安保三文書改定直後に行われた2023年1月の日米安全保障協議委員会(日米2プラス2)では、南西諸島を含む地域における日米の施設の共同使用を拡大し、共同演習を増やすことで合意した。また、軍事施設のみならず民間の空港や港湾についても、有事の際に米軍や自衛隊が柔軟に使えるように演習や検討作業を行っていくことが合意されたのである。
日米2プラス2に続いて行われた日米首脳会談では、ジョー・バイデン大統領が安保三文書改定に対して「日米関係を現代化する」ものだと歓迎し、日米共同で安保能力を強化していくことで合意した。共同声明には、日本の敵基地攻撃能力(共同声明では「反撃能力」と記載)およびその他の能力の開発、効果的な運用について協力を強化するよう閣僚に指示を出したとも記載されている。
また、共同声明では、台湾海峡の平和と安定を維持する重要性についても再確認がなされた。1月に米ワシントンのシンクタンクCSISから出された台湾有事のシミュレーションでは、台湾有事で米側が勝利するためには在日米軍基地の使用が不可欠であり、また日本の自衛隊の参戦が重要であると記載されている。まさに、安保三文書改定と日米2プラス2や日米首脳会談の決定事項における一連の流れからは、台湾有事にアメリカだけでは対応ができないので、日本の自衛隊をしっかり米軍の戦略に組み込み、日本の港湾や在日米軍基地を使いながら日本とアメリカで台湾有事を戦っていくことを日米が誓い合ったということが理解できる。
思い返せば、ここしばらくの間、台湾は、安全保障の文脈で特別に注目されるエリアではなかった。近年は、米中対立の主戦場と言えば、中国が領土主張を強める南シナ海だ、と言われてきたのである。
しかし、2021年の3月、米軍のインド太平洋軍司令官が今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性があると米議会で証言したと報じられ、続く2021年4月には日米首脳会談で発表された共同声明において「台湾海峡の平和と安定の重要性」が述べられて約半世紀ぶりに「台湾」が日米共同声明に入った。この時から、台湾は一気にインド・太平洋地域の安保の議論の中心となった。そして、わずか1年8カ月の間に、この「台湾有事」を主たる理由としながら、日本の安保政策の大転換が行われたのである。国の在り方を大きく変更する急展開であるにもかかわらず、国民的議論が決定的に欠けていることは多くの人により指摘されている。
沖縄で高まる危機感
日本本土にいると、今回の安保三文書改定によって、自分たちの生活が変わるという感覚を持つことは難しいかもしれない。しかし、沖縄では台湾有事の危機を皆がひしひしと感じる事態となっている。
例えば、すでにミサイル部隊が配備されている奄美大島(鹿児島)と宮古島に加えて、与那国島や新たに開設される石垣島の駐屯地にもミサイル部隊が配備されようとしている。自衛隊の駐屯地では、有事の際の重要施設として司令部などの地下化が進められ、沖縄本島には自衛隊の弾薬や燃料などの補給拠点が設置されようとしている。さらには、沖縄の自衛隊那覇病院の一部を地下化し、また、病床や診療科を増やすなどして有事の際の南西諸島での医療拠点としての機能を強化するという。