芥川賞作家と比較すれば私など末端の末端だが、同業者が書いた投資の本なら読めるかも。
ということで、生まれて初めて「投資」について、考えた。
「実労働だけじゃ無理だ」
「快適な執筆環境のため、五億円する理想の家を手に入れたい。そう思い立った作家は、株式、為替、CFDに不動産と、あらゆる手段で資金捻出を試みる。苦悩だらけの家探しの末に、最高のマイホームにたどり着けるのか?」
「資産運用にも頼って家を買いたい、究極の買い物ドキュメント!」
これは『羽田圭介、家を買う。』の帯に躍る言葉だ。
本書は〈五億円は、高すぎる。しかしどうやら、五億円が、必要なのだ〉 という一文から始まり、以下のように続く。
〈家に一七四万円のソファがある。カッシーナで買ったものだ。分譲高層マンションに賃貸で越してきてから青山界隈の家具店を見て回り、それに惚れた。アイアンのスクエア型の脚が美しかった。艶のないグレーの革色を選べるのも魅力的だった。ハンス・ウェグナーのGE290やベアチェアのように、肘掛けが便利で軽めのソファを買うつもりだったのに、当初の予定と異なるソファに決めてしまった〉
こうして書き写しながらも、意味不明の言葉たちにただただ圧倒されている。「投資」とかする人は、ソファひとつに200万円近くかけるものなのか。ちなみにうちのソファはその辺で2万円くらいで買ったものだが今や「猫の爪とぎ場」と化し、現在はそこだけ廃墟のようにボロボロ。部屋の中心にありながら、不穏な空気を醸し出している。
そんな羽田氏は自身のお金についてのあれこれを赤裸々に綴る。
マンションの家賃は24万円で駐車場代は3万3000円。これだけで芥川賞作家の勝ち組生活にため息が出てくるが、驚いたのは、〈株式投資なら、貧乏だった頃からやっている。貧乏人ほど、お金のことを考えるのだ〉 というくだり。
そう、押しも押されもせぬ売れっ子になってからではなく、売れない頃から投資をしていたというのだ。
ちなみに本書では羽田氏の経歴とともに「資産運用の歴史」が明かされるのだが、17歳で小説家デビューしたのち、大卒後には企業に就職。会社は1年半で辞めて専業小説家になるものの、会社を辞める前に中古マンションを買っていたというから驚いた。20代でそんなことを考えていたなんて。
〈当時の僕の年収は、三〇〇万円から五〇〇万円程度の間を行き来していた。会社を辞める直前に北向きの狭い中古マンションを買っていたから、ローン返済と管理費、修繕積立金の合計で毎月六万円ちょっとの支払いがあった。賃貸マンションと比べ、一人暮らしのコストとしては低く抑えられていたから、アルバイトもせず小説だけで食べることはできていた〉
すごい。売れない頃から、「自由でいるために」投資をしていたなんて。
それだけでなく、確定拠出年金に入り、掛金を6万8000円に設定。
〈日本株と外国株、REIT(不動産投資信託)の投資信託を買うよう配分を決めた〉
いややっぱりもうこの辺から言葉の意味がわからない。っていうか、人っていつどこでこういう投資に関する知識を学ぶの? 高卒の私、それ系の言葉の意味すらわかんないんだけど。
これが格差社会なの?
しかし、読み進めていくと羽田氏は投資について非常に勉強していることがわかってくる。が、それでも同じ投資本を読み返すと「誤読」していたことが発覚したりと、読んでいるだけでこちらもヒヤヒヤもさせられる。それでもなんとなく、なぜ人が投資をするかがわかってくる。
〈よく計算したのは、六〇〇〇万円を運用した場合だった。一年で三〇〇万円の配当があり六三〇〇万円、二年で六六一五万円……。なぜ六〇〇〇万円×五%の計算を好んだかというと、その金額が、少ないときの自分の年収と同額程度だったからだ〉
〈つまり手元に六〇〇〇万円さえあれば、それを五%で運用し、執筆に行き詰まっても働かずして自分の年収と同じお金を手にすることができる――〉
この時のことを、羽田氏は「不安を抱えていたのだと思う」と振り返っている。が、投資ってこういうことなのか、とストンと腑に落ちるものがあった。確かに、何もせずに年300万円入ってくると思うとまったく生活は変わってくるだろう。少なくとも、不安はだいぶ小さくなる。そうか、投資ってそういうことなのか。だけど問題は、6000万円という大金だ。この入手方法について、私は「銀行強盗」くらいしか浮かばない……。
さて、その後も羽田氏は私には意味不明の言葉を駆使して自らの投資遍歴を振り返るのだが、「大損」した経験も書いている。1000万円以上の大金を失ってしまうのだ。しかも、複数回。顛末を読んでいるだけで動悸息切れ眩暈に襲われ胃が痛くなりそうだが、どうして人が「損する」話って、これほど面白いのだろう。自分の底意地の悪さに改めて気付かされた。
ということで、本書はそんな羽田氏の投資と「理想の家」探しの経緯を存分に書いているのだが、天にも昇るような気持ちと魂を削られるような痛みを存分に疑似体験させてもらって思ったのは、「私には到底できない……」ということだ。
まず、羽田氏は投資について、常にめちゃくちゃ勉強している。そして投資をするために多くの時間を使い、作戦を練っている。
情報を集めたり銀行に行って担当者といろいろ話したり資料を作成したりと、時間と頭と労力をものすごく使っているのだ。これは基本的に「最低限働いて、あとはぼんやり過ごしたい」という私にとってハードルが高すぎる。
もうひとつ、自分には「ツテ」も「コネ」もないということがある。