私たちはリビングからその様子をうかがっていたのだが、「お客さん」とA子が呼ばれた。私も行くと、なんでも分電盤というものが壊れているらしく、その交換をしないと電気はつかないとのこと。交換するのであればできるが、最低でも15万円はかかるというではないか。それ以外にも深夜料金が発生するらしい。
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15万、という額に言葉を失った。が、A子は「わかりました」と即答。
そうして分電盤の交換なるものが始まったが、途中、「外のメーターも開けないと作業ができない」とかなんとかで、廊下にあるメーターにA子が案内させられる。するとカミヤは「これを開けるだけで追加で10万円かかる」と、のたまうではないか。
10万円!? ちょっと、なんか変じゃない? 顔を見合わせたが、A子は苦渋の表情で頷いた。
今思うと、ここでいったん止めるという手もあっただろう。が、とにかくこちらは一刻も早く電気がついてほしい状態。明日の朝、別の業者を探すと言っても、スマホの充電がそこまで持つかという不安もある。それにA子は明日は午前中から仕事。昼間に業者に来てもらって立ち合うことなど明日だけでなく、週末までずっとできないとのこと。だったら今、せっかく来てもらっているのだからやってもらった方がいいだろう――。そんなことをA子は自分に言い聞かせるように私に言った。
そうして電気が突然消えてから約3時間後、カミヤはA子を呼び出した。工事は無事終わり、あとは最後の工程を終えればすぐに電気はつくという。
「よかった!」
A子と顔を見合わせると、カミヤは「それで工事代金なんですが」と神妙な口調になった。
「全部で、40万円になります」
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え……。
静寂が辺りを包む。
「ご説明したように、分電盤の交換が最低でも15万円で、メーターも開けて、そちらの工事もしました。それに深夜料金が加算されまして」
カミヤの声が、遠くに霞んでいく。業者を呼ぶとなった時、最悪10万円くらいはかかるかも、と漠然と思った。だけど40万円だなんて、そんな工事料金、聞いたこともない。だけど電気が突然消えてブレーカーも落ちてなくてどうにもならないなんて経験も初めてだ。
「そう、ですか……」
A子が消え入りそうな声で言い、「わかりました」と続けた。このやりとりをしている時点で、部屋はまだ真っ暗だ。その時、気づいた。私たちは、今「文明」を人質に取られているのだと。同時に、ある光景を思い出した。それは2000年代はじめ、北朝鮮に行った時のこと。3度目くらいの北朝鮮行きで、普段は北京経由で飛行機で行くものの、その時、初めてシベリア鉄道で陸路で帰った。深夜、北朝鮮を走る車窓の風景は、人家の灯り一つない漆黒の闇だった。当時の北朝鮮はひどい電力不足だったからだ。
それが国境を越えて中国に入った途端、ポツンポツンと灯りが見えてきて、都会に近づきネオンが見えた時、私は同行した人たちとともに「文明だー!!」と歓声を上げていた。同行していたのは当時の私と同じ20代で、北朝鮮に興味があるサブカル系(まさに私がそうだった)や、今でいういわゆる「資本主義キャンセル界隈」な人々。が、みんなが等しくネオンに狂喜し、感極まって「資本主義、万歳!!」と叫ぶ人まで出る始末。そう、どんなに資本主義や文明的なものを否定しても、所詮私たちは電気がなきゃ判断力も思考力も一瞬で奪われてしまう脆弱な存在なのだ。暗闇から一刻も早く解放されたい文明の申し子なのだ。
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そんなことを思い出していた時、パッと部屋が明るくなった。40万円の支払いにA子が同意したため、部屋の電気がつけられたのだ。同時に、ウーンというモーター音があちこちから響く。家電製品が目を覚ました、文明の、命の音だ。
「ありがとうございます!」
A子と私は目をうるませて、カミヤに頭を下げていた。今の私たちにとって、彼は間違いなく「救世主」だった。
カミヤは「よかったです!!」と白い歯を見せて笑い、私たちは外に出た。自宅に40万円なんて大金はないため、近くのコンビニで下ろすのだ。A子はコンビニから戻ってくると、マンション前で待っていたカミヤに渡した。すると、「あ、4万円足りないです」と言われた。カミヤが手にする「工事請負契約書」には、工事代金40万円+消費税4万円、計44万円と書かれていた。
「あ、すみません」
慌ててA子が財布から追加の4万円を渡す。
「ありがとうございました!」
そうしてカミヤともう一人は颯爽と帰っていった。
「まぁ、むちゃくちゃ高かったけど、よかったよね」
私たちも胸を撫で下ろし、その日は解散となった。
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それから数週間後、A子の部屋で経験したようなことが、「電気工事詐欺」としてテレビで取り上げられていた。いわく、電気のトラブルが起き、ネットで見た「最短○○分」「即日対応」などの業者に電話したところ、法外な工事料金を支払わされたという相談が相次ぎ、詐欺事件として逮捕者も出ているのだという。
紹介されていたのは、お金を取られたものの電気がつかなかったというケース。心臓をドキドキさせながら「A子はちゃんと電気ついたから詐欺じゃないよね?」と思っていると、別のケースでは分電盤交換などをして電気がついたという人もいた。が、請求された額が35万円など高額で、通常の分電盤交換は10万〜20万円だという。また、本当は交換や工事は必要ないのにされた可能性もあるということで、最近、「急な電気トラブル」でネット検索する人をあてこんで相場より高い代金を支払わせる詐欺的行為が流行っているのだという。