世間では、「あんな人になりたい」「あんな素敵な女性にあこがれる」なんてことが、ささやかれているようだ。しかし、私の周囲の女友達からは一度も聞いたことがないし、私自身、1ミリたりとも思ったことがない。なぜなら、そうした場合に引き合いに出されるような女性は、たいてい女優とか、モデルとか、どっかの大金持ちのお嬢さまだったりして、なんか浮わついた気持ちで憧れたところで、そうなれる確率など0%に近いからだ。
まずもって、顔面偏差値が違いすぎる。ちょっと整形したくらいで、どうにかなる話ではない。スタイルというか、もう骨格から違うし、肌の質も髪の質も、爪の質までもが違うのだ。たぶん、彼女たちは水虫やウオノメに悩まされたりしないし、背中の毛が渦をまくこともない。そのうえ、きれいなだけじゃなく性格までよかったりして、そんな「憧れの女性」みたいな恵まれた女が、雑誌なんかでインタビューに答え、「自分磨き」とか「恋愛について」とか語っているのを読むたびに、「死ねばいいのに☆」と思う日々だ。
こんな腐った性根を抱えている人間が、うっかり憧れでもしたら、勘違いを通り越して周囲から心配されるに違いない。もう彼女たちとは、生まれからして違うのだ。きっとそういう人たちは、相当前世で徳を積んだはずで、そうでなければ生まれ直しても無理なのである。
しかし、世の中のメディアにはそういう女性が山ほど登場し、「リア充」ぶりをひけらかして私のような卑屈な女に、日々フリルつきの暴力をふるっている。
が、そんな私にも、小説や漫画の中には「好きな女」がたくさんいる。彼女たちは、リア充女のように恵まれてはいない。多くの場合、美貌もなく、金もなく、男運も悪く、そんなに頭もよろしくない。時に無様で、みっともなくて、ささやかな打算があったり、欲望のままに突き進んだりする、「共感」できる女たちなのだ。
最近読んだ小説の中で、もっとも共感できたのは、角田光代さんの小説「紙の月」(角川春樹事務所)の主人公・梅澤梨花(41歳)だ。
梨花は25歳の時に2歳上の夫と結婚し、結婚3年目に建売住宅を購入。子どもはなく、夫とはセックスレス。そんな彼女が、銀行でパート勤めを始めたことがきっかけで、のちに人生を大きく変える一人の男と出会うことになる。銀行の得意客の孫・光太だ。
当事、彼は、ひとまわりも年下の大学4年生。そんな光太が自分に魅力を感じているらしいことを知り、彼女の中に「選抜チームに選ばれたような、誰かに認められたようなうれしさ」がじわじわと込み上げる。その数日後に買った、4万円の化粧品。手持ち金が足りなかったので、思わず手が伸びたのは、顧客から預かった現金。ATMで下ろして、すぐ元に戻したものの、それをきっかけに梨花の中の何かが暴走を始めていく。
光太と関係を持ってからの梨花は、ただの「普通の主婦」と見破られないために服を買い、アクセサリーを買う。そうすることで焦りは和らぐ。夫がもう4年半も自分に触れるのを拒んでいることや、仕事での嫌なことなどをすべて忘れられるのだ。
ホテルのスイートルーム、高級レストラン、ブランドショップ……梨花は光太に金を使いまくる。少しずつ、増長していく光太。そうして銀行から横領したお金は約1億円にまで達してしまう。
小説を読みながら、痛いほどに梨花の気持ちに共感した。自分が特別な人間だと思われたい。認められたい。大切にされたい。誰もが抱える感情が、「お金」という武器を手にすると、女をここまで暴走させる。気になった人は、ぜひ、読んでみてほしい。
さて、漫画にも好きな登場人物がたくさんいるのだが、特に私が好きなのは益田ミリさんの「すーちゃん」(幻冬舎)シリーズ。「結婚しなくていいですか。」「すーちゃんの恋」などで有名だ。「すーちゃんの恋」によると、主人公のすーちゃんこと森本好子は37歳独身。以前はカフェで働いていたが、今は保育園で調理師の仕事をしている。貯金額は200万円ほど。老後の心配をしたり、淡い片思いが実らなかったりしながら生きている。
益田ミリさんの漫画は、こんな性根の腐った私でも、しみじみとあたたかい気分になれてとても好きなのだが、もうひとつ、「すーちゃん」シリーズが好きなのには理由がある。それは「登場人物全員が地味」という点だ。
すーちゃんはいつも「ズボン」で、どう考えても学生時代「派手目グループ」にはいなくて、生活ぶりから見ても、おそらく月収は20万円以下。男の気配もなく、だけど日々の楽しみを見つけて淡々と暮らしている。そこに何か、心から安堵(あんど)してしまう私がいるのだ。
しかも、すーちゃんの元同僚の地味系OL・さわ子さんなんて、13年間、彼氏がいなくてセックスしていない。その事実だけで、菩薩の笑みを浮かべている私が今、ここにいる。
もう、うらやんだりやっかんだりするのは、女性誌だけで十分なのだ。小説や漫画の世界でまで、「素敵な女性」に追いつめられたくない。
ということで、現在、私は死ぬほど無様な女が主人公の小説を書き始めている。
無様な女は、愛おしい。
次回は4月4日(木)、テーマは「女友達・男友達」の予定です。