記念すべき40歳。これは何か新しいことにチャレンジしてみようと、20年ぶりくらいに前向きな思いに至り、二つのことを始めてみた。
一つは、英語。
海外に行くのが好きなので「英語できるんでしょ?」とよく勘違いされるのだが、恐ろしいことに私はまったく英語が話せない。しかし、前々から、それこそ20年ほど前からその必要性は痛いほど感じていた。
いつか、絶対に習おう。そして英語ペラペラになったうえに、英字新聞とかも読めるようになって情報を収集。最終獲得目標は、英語で原稿を書くことだ!
そんなふうに年に5回くらいは思うのだが、日頃のズボラがたたって、今まで何の行動も起こしてこなかった。
それが昨年、アジアの「活動家」たちと多く出会い、これは本気で英語がしゃべれなきゃ話にならないと痛感。ちなみに昨年会った活動家とは、韓国の兵役拒否運動のメンバーや、香港で占拠を続けていた「雨傘革命(民主化要求運動)」メンバーなど。もちろん全員、英語ペラペラである。
せっかく韓国語に翻訳された私の本を読んでいたり、「日本の反貧困活動家」として私を知っていたりするのに、肝心の私が英語を話せないなんて残念すぎる! これでは国際連帯なんて夢のまた夢ではないか!
ということで、英語教師の経験がある友人の韓国人に「英語教えて!」と泣きつき、1回1時間半3000円で英語を習うことになったのである。
で、まだ1回しかやってないのだが、最初の授業で私の英語力は「小学生レベル」であることが発覚。また、その日はアメリカのニュース誌「TIME」の記事を和訳したのだが、ついつい一般的な英単語より「al-Qaeda」(アルカイダ)だとか「Boko Haram」(ボコ・ハラム)だとかテロ集団の固有名詞にばかり興味を引かれてしまい、「あのー、真面目にやる気あります?」と呆れられる始末なのだった。
さて、英語と同時にもう一つ始めたことがある。それはなんと「ボクシングジムに入った」ことだ。
もともと体育会系全般(体育会系の人やスポーツすべて)が大の苦手。ボクシングに興味がないどころか、テレビで格闘技番組などやっていたら、怖くてチャンネルをかえてしまうような小心者である。家で本を読んだり、猫と戯れたりするのが至福の時という、ひきこもり系な私がよりによってなぜ「ボクシングジム」などに入ったのか。理由は簡単、ダイエットである。
こちらも10年ほど前から必要性は感じていた。しかし、ずるずると先送りになっていたのだが、40歳を迎えようという数日前、友人A子がまじまじと私の顔を見て一言、「顔がデカくなった」と衝撃の発言。
なんとなく見ないようにしていた現実を、いきなり目の前に突きつけられ、おそるおそる体重計に乗ってみると、なんと数カ月で3キロ増量。ちょうどそんな頃、スーパーの精肉コーナーで3キロの肉塊を目にし、「これだけの肉塊が短期間で私に寄生していたなんて!」と愕然とし、「ジム」という言葉が私の脳裏をかすめたのだった。
しかし、体育会系全般が苦手な私にとって、「ジム」とはまさに「敵であるリア充の聖地」というイメージである。完全なアウェイ感を想像して身震いしていたのだが、「とにかく家から近いジムに見学に行ってみろ」というA子の助言を受け、徒歩1分の場所にボクシングジムがあったことを思い出し、まさに清水の舞台から飛び降りる気持ちで、ジムの扉を開けたのだった。
と、そこは汗臭く、ちょっとうらぶれた感じで、しかもいるのはオッサンばかり。私の想像していた「リア充がワイワイ楽しくやってて、時に出会いの場所なんかにもなるキラキラしたジム」とはまったく違う場所だった。ここであれば、私ごときでも入会できるかも。そう思い、いろいろ話を聞いたところ、ボクシングに興味がなく、ダイエット目的でも入会できるとのこと。逆にそういう人のほうが多いことを知り、「うっかりボクシングジムに入って、なりゆきで断りきれなくて、世界チャンピオンとか目指すはめになったらどうしよう……」という不安も解消されたので、入会。
で、スニーカーもジャージも持っていないインドア派な私は翌日、それらを購入し「ジムに行く準備が整った」ところで、なんとなく達成感に包まれてしまったのだった。
あれからしばらく経つが、私はまだジムには行っていない。
ということで、とりあえず40歳になって英語は始めたところだが、「ジム」はまだ「入会」したという事実があるだけなのだった。
さて、そんな40歳の誕生日だが、数日前に「自分主催」で自分の誕生会を企画、無理やり友人知人をかき集めて強制的に祝ってもらった。知り合いの小さな店を貸し切って、お酒なんかを持ち込んでの会だったのだが、宴もたけなわという頃、「イスラム国」に人質として捕らえられている湯川遥菜(はるな)さんが殺害されたらしいという一報が。すぐに店のテレビをつけ、全員が絶望的な気持ちで食い入るようにニュースを観る会となったのだった。
そうして当日は、友人A子と2人で食事をしたのだが、店を出て私の家で飲むことになったものの、家に着いた途端にA子は「眠い」とさっさと就寝。誕生日なのに一人取り残された私は、ネットで動画を観たりしているうちに泥酔。そのうちに、泥酔した時によくやる行動=「猫を抱きしめて泣きながら謝る」(特に猫に謝るようなことはしていないのだが、なんか気分が盛り上がる)という行為にハマり、嫌がる飼い猫を抱きしめながら「ぱぴちゃん、ごめんね……」と泣いていると本気で悲しくなってきて号泣してしまい、人の気配にふと振り向くと、寝ているはずのA子が哀れみの視線でこっちを見ていたのだった。
それからのことは、あまり覚えていない。
しかし、A子が「いろいろストレス、たまってるんだね……」と呟いたことだけは、はっきりと覚えている。
そんなふうにして始まった40歳。きっと40代もいろんな失敗を繰り返しながら、生きていくのだろう。理想はできるだけ低く保ち、自分への期待値も限界まで下げ、ぼちぼち生きていくつもりだ。
ジムへも、とりあえず年内には行こうと思う。
次回は3月5日(木)の予定です。