この原稿がアップされる頃、テレビにはジャニーズタレントの姿が激減しているのではないか――。
これを書いているのは2023年9月なかばだが、そう思うほどに、ジャニーズ事務所の性加害問題が業界に激震を与えている。
特に9月7日の会見以降は怒涛のキャンセルが続く状態だ。
ジャニーズタレントを起用した広告を見直す判断をした企業は、日本航空やアサヒグループホールディングス、日産自動車などなど多岐にわたる。セブン-イレブン・ジャパンとファミリーマートもジャニーズタレントを起用した商品の販促キャンペーン展開を取り下げた。
それだけではない。9月15日には、ジャニーズタレントの番組収録延期も報じられた。
延期となったのは、Sexy Zoneの中島健人氏。TBSのバラエティ番組に出演を予定していたが、番組スポンサーの意向が影響したとして収録が延期になったという。一部報道によると、ジャニーズタレントの広告起用撤退を表明した花王がメインスポンサーをつとめていることがその理由らしい。中島氏は花王の化粧品の広告に起用されていたそうで、CM放送を中止したのに番組に出ているのは整合性がとれないという理由も報じられたが、花王側は「番組の内容について放送局に申し入れをできる立場になく、判断には一切関与していない」とコメントしている(日刊スポーツ「セクゾ中島健人『A-Studio+』ゲスト出演は延期『収録中止ではなく延期』TBSが説明」2023年9月15日)。
この一報を聞いて、「もし、私が中島健人推しだったら」と思った。
私も「推し」がいる身。ジャニーズではないが10代の頃から30年以上ヴィジュアル系を推し続けてきた。それはそれは多くのメンバーを推してきたが、何年間も「心の支え」にしてきた対象が、本人は何も悪くないのにこのような扱いを受ける姿を見なければならないなんて、どれほど心をかき乱されることだろう。そんなことを考えると、性加害問題の一連の動きの中、被害者以外でもっとも心を痛めているのはジャニーズファンの人々だろうことは想像に難くない。
30数年間、バンギャとして私もそこそこ「推し」にまつわるつらい経験はしてきた。解散、脱退、引退、熱愛発覚、結婚などもあれば、「逮捕」という重い現実にぶち当たったこともある。それだけではない。失踪や自殺、事故死や病死、原因不明の死なども少なくない数、見聞きしてきた。「推し」とその界隈にまつわるつらいことに対してはある程度経験値が高いと思ってきた。
しかし、この性加害問題は、そんなバンギャの経験値でもってしてもどうにもならないほどの規模と被害の甚大さだ。国連の人権理事会の作業部会が「憂慮」を表明するほどである。
「人類史上最悪」という言葉をもってしても足りないくらいだ。しかも、被害者は子どもなのである。あまりの卑劣さに、ただただ言葉を失う。
もし、これがヴィジュアル系界で起きていたら。
性加害報道が出てきた頃から何度も考えた。
これまで多くのバンドを推してきたが、私はそもそもヴィジュアル系という世界そのものへの愛が大きい。YOSHIKIがその世界の「天地創造の神」として君臨し、X JAPANを頂点とした日本独特で唯一無二の、ヤンキーとヴェルサイユ宮殿が同居する不思議な厚化粧ワールド。バンギャ以外は誰も読めないような難解なバンド名や曲名やメンバー名などの専門用語飛び交う世界は私にとっては「巨大な学校」のようで、もちろん校長先生はYOSHIKI、ヴィジュアル系を通った人はメンバーもファンもみんな「同窓生」というイメージだ。
だからこそ、知らないバンドでもヴィジュアル系がテレビに出てると嬉しいし、「あの人、バンギャなんだって」などと聞くとそれだけで一気に親近感がわく。バンド間の先輩後輩関係を見るのも微笑ましく、好きなバンドのローディーが組んでるバンドというだけで応援したい気持ちになる。
おそらくジャニーズにも、似たところがあるように思う。個別の「推し」はいるけれど、「ジャニーズ」の世界そのものが好きという人も少なくないはずだ。ジュニアの存在なんかはヴィジュアル系における「○○の弟分バンド」「ローディーバンド」みたいな感覚に近いものに思える。また、ファンの中にはジャニーズという世界を作り、何十年も日本の芸能界に君臨してタレントを輩出してきた「ジャニーさん」を慕い、リスペクトしてきた人も少なくないのではないか。
そんなジャニーズを、私はどこかで敬遠してきた。いや、別に嫌いなわけじゃない。はっきり言うと、羨ましくて仕方なかったのだ。
その理由は、しょっちゅうテレビに出ているなど、ヴィジュアル系と違い「安定供給」の度合いが凄まじいからだ。この30数年、1990年代末にヴィジュアル系ブームがあったりと浮き沈みはあったものの、こっちはそもそも地上波なんて滅多に出てないし、出てたとしてもだいたい深夜。それなのに、ジャニーズファンはタダで、テレビをつけるだけでこの30数年、いついかなる時も「推し」を見放題なのである。この差は、大きい。
対してこちらは、YouTubeもSNSもない時代、録画したテレビ番組やライブビデオを擦り切れるくらい見ていたのである。このような経験から、ジャニーズには嫉妬と羨望が入り混じった複雑な思いを勝手に抱いてきたのである。
さて、先ほど、「もし、これがヴィジュアル系界で起きていたら」と書いた。想像したくないが、ジャニーズの構図をヴィジュアル系にトレースすると、YOSHIKIやそれに準ずるような、ヴィジュアル系の世界そのものを作った功労者が加害者ということになるわけである。
そう思うだけで、自分がこれまで熱狂していた世界が足元からガラガラと崩れていくような感覚に包まれる。大切にしていたCDやポスターが別物に変わってしまうような、大切なキラキラした思い出たちが誰かの手によって真っ黒く塗りつぶされるような。
そんなことを考えると、ファンは今、どれほどの心痛の中にいるだろうと思う。性加害問題だけでもつらいのに、今はジャニーズファンというだけで注目されてしまうような空気さえある。それだけではない。一部のファンが性加害問題を受け入れたくないがゆえに陰謀論めいた説にハマる姿などが面白可笑しく取り沙汰されてもいる。
そんな中、ファンの多数派は今、黙って痛みに耐えているのではないだろうか。そう思うと、やっぱり「推し」がいる身として、他人事とは思えない。気心の知れたファン同士、痛みを分かち合えていることを切に願うばかりだ。