「外国為替資金特別会計」(外為特会)は、この知人の預金口座と同じと考えることができる。外為特会は、政府が外貨取引をする際に使われる「特別会計」の一つで、外国為替市場に介入する際の資金の供給源だ。
市場介入の決定権は財務相(財務省)が持ち、その指示で日本銀行が実務を行う。円高阻止のための「円売り・ドル買い」の市場介入を行う場合、財務省は日銀に「85円で1億ドルを買え!」といった指示を出す。これを受けた日銀は、市中銀行のディーリングルームに電話を入れ、財務省の指示を実行する。財務省はドルの購入代金を外為特会から支払う一方、受け取ったドルを外為特会に入金、「外貨準備」として蓄える。「円売り・ドル買い」の市場介入は、財務省が外為特会にドル預金を作っていることに他ならないのだ。
ドル高・円安を止めるための「ドル売り・円買い」の市場介入は、逆の流れをたどる。外為特会からドル資金を引き出して、日銀に「ドル売り・円買い」の市場介入を実施させ、受け取った円を外為特会に入金する。こちらは、ドル預金の解約と同じプロセスだ。
「外為特会」という口座で、ドル預金を作成・解約することで行われている市場介入だが、個人のドル預金とは決定的に違う点がある。個人の場合、元手となる円資金がなくなれば、ドル預金を増やすことはできない。しかし、外為特会では、介入資金を、国債を発行して得た資金、つまり借金で調達できるのだ。
財務省は「外国為替資金証券」(為券)という国債を発行し、これを売却して介入資金を調達している。2010年10月現在、為券の発行限度額は145兆円で、10年度予算の建設国債と赤字国債の発行枠の44兆円を大きく上回るほどの規模を持っている。この発行限度内なら、いくらでも為券を発行することが可能であり、介入資金にはかなりの余裕がある。
通常、赤字国債などで借金したお金は、公共事業や社会保障費などに使われて消えてしまう。これに対して、為券発行は、調達した資金でドル預金を作っているだけであるため、大きな発行額が認められているのである。
しかし、外為特会にも為替リスクは存在している。財務省は1ドル=100円を超える水準で、ドル買い・円売りの市場介入を続けてきた。ドル高の水準でドル預金を作り続けてきたわけであり、その後の円高で外為特会の為替損失は膨らみ、1ドル=85円なら約30兆円に達すると推計されているのである。
ドル預金の損失にため息をつく知人のように、外為特会に膨大な損失を抱え込んでいる日本政府。しかし、円高を阻止するための直接的な方法は、市場介入しかないのが実情であり、今後も外為特会を資金源とした市場介入が続けられることになるだろう。