「不完全な女って呼ばれるの」
西アフリカのシエラレオネで出会った18歳のアジャイからこの言葉を聞いたのは、2018年の雨季が始まる頃だった。赤いスポーティーなTシャツを着て、それまでハツラツとした口調だった彼女が、その時は声を落としてそう言った。それは「伝統」という名の下に、女性の体を傷つける行為と深く関係していた。
シエラレオネでは10人中9人の女性がFemale Genital Mutilation(女性器切除、以下FGM)を経験している。FGMとは、多くの場合15歳までの間に、伝統として女性器の一部を切除したり縫合したりすることをさす。現在でも、アフリカや中東だけではなく、アジアなど世界30カ国で少なくとも2億人の女性が、医学的な根拠もなく受けているといわれる(ユニセフの報告書「女性性器切除:世界的な懸念」2016年)。
FGMは、主に女性の貞操を守ることを目的としている。クリトリスを切除して性的快感を得られないようにするものから、外陰部の広範囲を切除し縫い合わせるものまで、大きく分けて4つのタイプがある。尿や月経が通るだけの小さな穴を残し、結婚するまで性行為ができないように女性器を縫い合わされた場合、結婚して性交渉をするときには縫い合わせた性器を切り開く必要がある。FGMは激痛と出血をともない、場合によっては出血多量や感染症で命を落とすこともある。外傷だけではない。体の一部を切られるという強い恐怖が、心の傷としても残り続ける。
シエラレオネでは、60パーセント以上がイスラム教でそのほかは伝統的宗教、キリスト教で占められるが、FGMは宗教的な儀式としてではなく、ボンド・ソサイエティーと呼ばれる女性だけで結成された秘密結社の中で行われる。秘密結社と言っても90パーセントものシエラレオネの女性が所属しているこのコミュニティーは生活の中で重要な社交場である。FGMは外部の目に触れない森の中や閉鎖された環境で、ボンド・ソサイエティーのソウェイと呼ばれる権力者の女性が、カミソリで女性器を切除する。そして切除された後は歌や踊り、食事が振る舞われ、お祝いされる。FGMの儀式が終わると、次に良い妻、母になるための指導を受ける。この一連の期間は数週間から数カ月に及ぶこともある。その間、隔離され、学校に通えなくなることから、夏休みや冬休み期間中に行われることが多い。一連の儀式を終えると、少女は一人前の女性として「完全な女」と呼ばれるのだ。
ボンド・ソサイエティーに属するためには、必ずFGMを終えていなければい。そのため、95パーセントの女性がボンド・ソサイエティーに所属する農村部では、属さなければ村八分になってしまう恐れがあるため、親たちは娘が幼いうちに娘の将来を思い、FGMの儀式を受けさせることが多い。FGMを終え、ボンドソサイエティーに所属するということは社会的なステータスであり、権力的なポジションについたり、政府内での仕事を与えてもらえたりする道をひらくことになる。
この一連のFGM儀式には200~300ドルかかる。半数以上が1日2ドル未満で生活する最貧国の一つであるシエラレオネでは、大変な高額だ。しかし、たとえ教育費を出せなくなっても、ボンド・ソサイエティーに入っていれば女性としての将来は安心だと、FGMの儀式を優先させる親も少なくない。また、選挙活動の一環として「FGMの費用を払うので1票入れてください」と不正に有権者を買収する政治家も多く、2018年の総選挙期間中にはFGMが禁止され、取り締まりがなされたこともある。
心身や教育、そして投票権すら犠牲にしてまで、いまだに伝統として続いているのはなぜなのか。
切られていないマイノリティーとして生きる
現政権のファーストレディーでさえFGMを肯定する発言をしてシエラレオネ国内外に波紋を呼んだ。