約9割の女性がFGMを経験するそんな社会の中で、FGMを受けていない「不完全な女」と呼ばれる冒頭のアジャイはマイノリティーだ。友だちがボンド・ソサイエティーの集会やお祭りなどに参加しているときには、その輪に入ることができず、「自分だけ違う」と疎外感を感じるという。
アジャイの祖母は、FGMの儀式を行うソウェイだった。彼女の母はFGM反対派の団体で仕事をしていることもあり、娘たちにFGMを受けさせることには反対していた。ある日、姉は祖母や親族に無理やり連れていかれ、女性器を切除された。それを知ったアジャイの母は警察に通報し、アジャイの母と祖母の間で対立が生まれた。また、既にボンド・ソサエティーの一員となった姉とアジャイの間にまで亀裂を生んだ。その後、ラジオでFGMによって女子学生が亡くなったというニュースを聞いて恐怖感を持っていたアジャイは、姉の事件があって以降、「いつ自分が連れていかれるかわからない」と祖母の家には近づかなくなったという。
そんな彼女は、親友のファタマタとともに、「若い女の子たちに、自分の体の権利を知り、これ以上、体や命を危険にするFGMを続けてほしくない」と地元の学校やコミュニティーで講演活動を行っている。
「もしあの儀式で何をされるか知っていたなら、逃げていたと思う」ファタマタは、5歳の時に外陰部を切除された。痛みを感じながら聞いたFGM儀式での太鼓の音や歌、そして踊る人々の記憶は、今でも悪夢となって蘇るという。
「夜遅くにその人たちは突然やってきたの。必死でベッドの下に隠れたけど、そのまま連れていかれた。痛くてずっと泣いていたのを覚えてる」
「完全な女性」として社会に戻ったファタマタは、その後13歳で妊娠、14歳で出産を経験している。女の子から突然母親になったファタマタは、教育をうける機会を失ったことが大きな心残りだという。
「絶対に娘には同じ思いをしてほしくない」
そう強く願い、娘の世代に向けてアジャイとともに啓蒙活動をしている。
二人は現在、特にFGMが行われている農村部の女の子たちにも声を届けるため、ラジオ番組をつくろうとしている。農村部でのテレビの普及率は低く、シエラレオネではラジオが人々の重要な情報源だからだ。
しかし、周囲から理解を得ることは安易ではない。「二人はFGMの番組をつくることがどれだけ危険なのか知らないだけ。若くて世間知らずだから、そんなことが言えるのよ」と、女性に人気のラジオ番組のパーソナリティーをしている女性ジャーナリストは語った。FGMはとてもセンシティブなテーマであるため、これまで現地のメディアで取り扱われることはほとんどなかった。ある女性ジャーナリストがFGMについてラジオ番組で取り上げたところ、ボンド・ソサイエティーの女性たちがラジオ局に押し入り、「担当者の女性器を今すぐ切除してやる」と脅迫するという事件もあった。アジャイたちも啓蒙活動を進めていく中で「殺してやる」などの脅迫を受け、身の危険を感じることもあるという。
法整備はどこまで有効なのか
アフリカには、FGMを規制する法律が設けられた国々もある。しかし法律ができたからといって、親の意思で強制的にFGMを受けさせられた女の子が自ら警察に届け出ることは難しい。また、体の最もプライベートな部分のため、第三者が事態を把握することも容易ではない。イギリスでは、主に移民の間で行われていたFGMを規制する法律を1985年に設けたが、2019年になって初めて、3歳の娘にFGMをさせた疑いで母親が有罪判決を受けるというケースがあった。シティ大学の2015年の研究によると、現在およそ14万人のイギリスに住む女の子や女性がFGMを経験しているという。このケースは氷山の一角に過ぎないのだ。
シエラレオネでは、エボラ出血熱が流行した2014年に感染拡大を防ぐため、FGM禁止令が発令された。エボラ出血熱がなくなり「エボラフリー」と宣言されてからもFGM禁止令が解かれるという発表はなく、実質的には禁止は続いている状態なのだ、とFGM根絶を目指す団体アマゾニアン・イニシアティブ・ムーブメントを立ち上げたリギアツ・トゥレイは語る。しかし法的効力がない上、禁止令に基づいて監視したり取り締まったりする機関がないため、現在でもシエラレオネでFGMがなくなる気配はない。
「他の国のように焦って法律だけをつくるのではなく、法律がきちんと適用されるような環境づくりをするために、誰も排除せず、特に市町村の権力者、男性たちに積極的に議論に入ってもらい、教育することが必要です。」
そう語るリギアツは、法律をつくる国会議員を教育するため、自ら政治の世界に飛び込んだ。所属政党のなかでも、彼女の入党を許したら多くの人を敵に回すことになるという懸念があったが、リギアツは見事に当選し、前政権ではジェンダーと子ども省の副大臣を務めた。
リギアツが当時の大臣にFGMをやめようと申し出たら、「多くの女性が私たちの政党を支持しなくなる」と言われたという。ところがリギアツは、「そんなの気にしない。これは多くの女性や女の子の命を守ることになるのだから」とFGM根絶キャンペーンを続けた。
反対意見が多いなかでも、キャンペーンを続ける強い理由が、彼女にはある。
「姉妹のように親しかった従姉妹はFGMによって死にました」
彼女自身も、FGMの後に出血多量で生死をさまよった。そうした経験をへて、いま彼女を支えているのは、「伝統は重んじて、危害は拒絶する」という考えだという。継承されてきた文化を否定する気持ちは一切ないが、と彼女は言う。
「でも、命の危険を伴う行為を許してはいけない」
こうした啓蒙活動が広がるなかで、近年では「イエローボンド」と呼ばれるFGMを抜きにした伝統的な通過儀礼を始めるコミュニティーも少しずつ現れてきた。取材に行ったシエラレオネ北部のマサンガという村では、FGMを受けさせないことを条件に女子生徒の教育を無料で提供するという学校を設立し、これまでFGMの儀式で行われてきた歌やダンスなどの祝典の部分や、女性として生きていくための指導の部分だけを残したセレモニーを行っている。