第9回目のゲストは、2012年「共喰い」で芥川賞を受賞した田中慎弥さん。
新潮新人賞の大先輩でもある田中さんに、いつもより緊張気味の鴻池さん。
田中さんにとって小説を書くこととは? 新人賞選考委員も務める立場から小説を書く人に伝えたいことなど……。小説家志望者必読の対話に!
今回で最終回! 果たして純文学のナゾは解かれるのか!?
鴻池留衣さん(左)、田中慎弥さん(右)
なぜ、純文学を書くのか?
田中 今日は酒飲みながら話す感じなんだよね。
鴻池 ええ、そうです。田中さんは飲みながら対談はされたことあります?
田中 前に瀬戸内(寂聴)さんと飲みながらやったかな。
鴻池 えっ! 寂聴さん以来の酒飲み対談ですか(笑)。いや~、今日は僕にとって作家人生のひとつの頂点ですよ。
田中 はっ? 何が?
鴻池 いや、田中さんと対談できるなんて思ってもみなかったです。田中さんは2012年に「共喰い」で芥川賞を受賞されてますけど、ちょうど僕が小説の投稿を始めた頃で、受賞会見とかもテレビで見て「この人カッコいいな~」と思ってちょっと憧れていたんですよ。まさか、こうして対談できるとは嬉しいです。
田中 でも、この業界に入ったら他の小説家に会うことなんて普通のことでしょ。会うべくして会ってるんだよ。鴻池さんは、デビューしていま何年ですか?
鴻池 2016年にデビューしたので9年ですね。いまだに「小説家なのか俺は?」って感じですよ。
田中 でも、まぁそういうもんなんじゃない。
鴻池 特にやっぱり自分が書いている純文学というジャンル自体が曖昧だから、余計そう思うんじゃないかなと。なので、のっけから聞きますけど田中さんは純文学って何だと思われます?
田中 この企画の依頼を頂いてあれこれ考えたんですよ。多分、「純文学」と「エンターテインメント」という分け方は日本独特のものだと思います。もういまの時代だとその分け方もナンセンスなことを承知であえて言うと、人間のネガティブな部分を書くというのが純文学の特徴のひとつにあるんじゃないかな。
鴻池 田中さんの作品はいわゆる「純文学」という感じがするんですよ。今日、ゲストにお呼びしたのもそういう理由なんです。それはやっぱり、いまおっしゃった人間のネガティブな部分をテーマに書かれているからなんでしょうね。
田中 確かに暴力とか、常に加害者と被害者がいるような世界を意図的に書いていた時期もあったかな。デビューしてすぐの頃、30代いっぱいまでは思ってたかもしれない。
鴻池 あっ、意図的にそういう世界を書こうとしていた時期があったんですね。じゃあ「自分は純文学作家だから、こう書かねば」とか、「こう書いたら、純文学じゃなくなるぞ」と書きながら思うこともありましたか?
田中 うーん、それはないと思う。つまり自分の場合は、いわゆるエンタメ小説が書けないから。他に書きようがないからという理由もあるかな。あとは、長さの問題もあると思うな。
鴻池 確かにエンタメ小説のほうが長いものが多いかも。
田中 大長編の純文学って少ないでしょう。それに関わるかもしれないけど、文体の違いもあるよね。純文学は文章に執着することができる。純文学のほうが言葉の力を凝縮して文体を作れると思います。だからと言ってエンタメ作家の文体がダメということはないんですよね。たとえば初期の松本清張の文体はカッコいいんですよ。ストーリーも面白いけど、文体がクールで対象にも的確な表現をしている。清張は芥川賞を受賞していて、元々、純文学志向の強い小説家だとは思うけどね。
鴻池 純文学のほうが文体により意識的なんでしょうかね。
田中 そうだと思います。純文学だと文体の様々な実験もできますよね。文体を壊しながら書く作品もある。エンタメのほうはストーリーを進めるのに邪魔になるので、凝った文体とかでは書けないんじゃないかな。文章にひっかかってストーリーが進まなくなると、読者のストレスになる。読者のストレスをなるべく軽くしないと特に長い小説は読んでもらえないでしょう。
鴻池 田中さんは文体にこだわって短い作品を書こうと意識されてますか?
田中 いや、意識しているわけじゃなくて、単純に長い作品が書けない。長いものをストイックな文体で書いていくことには限界があると思うんです。書きたいけど書けない。それは自覚しているし、実際、私の場合は短い作品のほうが周りからも評価されることが多いんですよ。角田光代さんのような面白いストーリーが書ければいいけどそれも書けない。だから、「エンタメ作家ではない」という消極的な理由で純文学を書いているところはあるかな。逃げ口上のようで申し訳ない。
鴻池 いえいえ、答えがはっきりあるわけではないですし。なんか、今日は俺も緊張しているからか真面目な対談になっています。
田中 全然、緊張しているようには見えないけど。
鴻池 田中さんに、もっとちゃんとくだらないことも聞かないとな。
田中 〝ちゃんとくだらないことを聞く〟って矛盾してるじゃないか。