異例の歓迎ぶり
際立ったのは異例ずくめの歓迎ぶり。まずブッシュ大統領夫妻は、安倍首相夫妻を宿舎のブレアハウスまでわざわざ出迎えに行った。道路を挟んで位置するホワイトハウスまで徒歩で案内し、まさに絵(テレビ映像)になる情景を演出した。会談ではブッシュ大統領から言い出して、お互いを「シンゾウ」「ジョージ」とファーストネームで呼ぶことになった。これは、むかしレーガン大統領と中曽根康弘首相(いずれも当時)が、「ロン」「ヤス」と呼び合ったあたりから始まったものだが、親しさのアピールに使われることが多い。
もう一つは、テキサス州クロフォードにあるブッシュ家の私邸・牧場に招待されたことだ。主要国の首脳であっても、ここにはイギリスのブレア首相ら少数しか招かれていない。小泉純一郎前首相でさえ、同牧場に招待されたのは就任から3年目のことだから、安倍首相に対するブッシュ大統領の気配りは相当なものだ。
対北朝鮮で歩調合わせたが…
今回の訪米目的について、安倍首相は「かけがえのない日米同盟を確認し、揺るぎない同盟関係に強化していくことだ」と強調した。これに対してブッシュ大統領も「日米同盟関係はかつてこれほど強かったことはない」と応じた。順調な日米関係という現状は小泉前政権の遺産と言えなくもないが、それを割り引くとしても、安倍政権としてはきちんとバトンを受け取れたことを意味する。
安倍首相として最も関心があったのは、対北朝鮮政策の調整だ。安倍政権の発足そのものが、北朝鮮に対する強硬姿勢を売り物にして登場しただけに、特に拉致問題がなんら進展をみせない現状では「圧力」を緩めるわけにはいかないという立場だ。
ところが、ブッシュ政権はイラク情勢が泥沼に陥り、イランの核開発問題でも成果が得られないなかで、対北朝鮮外交では従来の圧力外交を方針転換して、話し合い解決に重点を置いている。
いわば日本とアメリカでベクトルが逆向きになっているわけだ。日米間に「すき間風」が吹いているとの見方も根強い。アメリカが北朝鮮に対する「テロ国家」指定解除を検討するとも報じられている。このため、首脳会談で安倍首相は、拉致問題の前進なしにテロ国家指定を一方的に解除しないよう強く求め、大統領も基本的には了解した。
ただ、拉致問題の「前進」が何を意味するかは不透明だ。北朝鮮がゼロ回答の現在は詰める必要がない問題だが、柔軟姿勢になった時には、アメリカや中国が「前進」の定義を求めてくることも予想される。
安倍首相は首脳会談後の記者会見で、「北朝鮮に対しては圧力が必要ということで私とジョージは一致した」と語った。ブッシュ大統領も「われわれの我慢にも限界がある」と強硬姿勢をのぞかせた。
それでも大統領の発言が、そのままアメリカの対北朝鮮外交に反映するかとなると疑問も多い。対「北」柔軟路線を主導しているのはライス国務長官とヒル国務次官補だが、この2人が軌道修正する気配はない。ある意味でブッシュ大統領の強硬発言は、安倍首相に対する最大限のリップサービスと、冷静に受け止めておく必要がありそうだ。
予期せぬ従軍慰安婦問題
今回の訪米では予期せぬテーマが安倍首相に重くのしかかった。従軍慰安婦問題だ。もともとは中国、韓国から提起されることが多かったが、今回はアメリカ議会に日系人のホンダ下院議員が、日本政府の公式謝罪を求める決議案を提出したため問題が大きくなった。安倍首相自身にも火を大きくした責任がある。それは国会答弁で、従軍慰安婦に関して旧日本軍による「狭義の強制性はなかった」と述べたことだ。首相としては、大枠として従軍慰安婦に関する河野洋平官房長官談話を継承していくことを表明しており、広義の強制性は認めている。そのなかで、強制連行などの「狭義の強制」を示す文書は見つかっていないことを言いたかったのだろうが、そう言ってしまうと河野談話の否認になりかねないとして、中韓両国から批判を呼んだわけだ。
アメリカでは従軍慰安婦を“sex slave”と呼んで、人権侵害と見なしている。人権問題には厳しいアメリカ世論を背景にした決議案提出であり、これは民主党も共和党も共通している。アメリカの日本通からの忠告もあって、安倍首相は4月3日、ブッシュ大統領に電話して真意を説明。今回の首脳会談でもあらためて釈明したが、同時に決議案が出されているアメリカ議会に真っ先に赴き、ペロシ下院議長ら議会指導者に懇切に自分の考え方を説明した。これによって決議案が取り下げになる状況ではないものの、事態悪化を防ぐことにはなったようだ。
日米間の懸案前進にも努める
安倍首相は今回の訪米に向けて、いくつかの日米間の懸案解決への道筋をつけようと努めた。普天間基地移転など在日米軍の再編成については、特別措置法案を国会に提出したほか、移転先のキャンプ・シュワブの環境調査にも着手した。
アメリカ産牛肉輸入問題では、アメリカ側が求める月齢制限の撤廃こそしていないものの、アメリカ食肉処理施設への査察問題で日米両政府が4月24日に合意するなど、前進がみられた。
イラクへの自衛隊派遣の根拠となっている、イラク復興支援特別措置法は、有効期限を2年延長する改正案を国会に提出済みだ。さらに集団的自衛権の解釈変更を行うための「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を訪米直前に発足させた。
いずれも「訪米みやげ」との見方もある。ブッシュ政権への最大限の協力姿勢が、熱烈歓迎につながったと言えるが、安倍首相としては宿題を自ら抱え込んだ形でもある。
また今後は、民主党有利といわれる08年の大統領選挙の動向を見据えた、したたかな戦略・戦術を考えておく必要もあろう。