ブラジル大会でドイツを追い込む
2014年ワールドカップ・ブラジル大会後に日本代表チームの監督に就任したメキシコ人のハビエル・アギーレがスペインのクラブで監督をしていたときの八百長疑惑により就任からわずか半年、15年2月3日に契約解除となった。そして1カ月後の3月12日にバヒド・ハリルホジッチが後任に就任した。14年のワールドカップではアルジェリア代表を率いてラウンド16に進出、優勝したドイツと延長戦にもつれ込む奮闘を展開した。大会後、以前率いていたトルコのクラブに戻ったが同年11月に退任。多くのオファーがあるなか、日本代表の監督になることを決断した。
15年2月上旬に日本サッカー協会から接触があって以来、彼はワールドカップや同年1月のアジアカップの映像を取り寄せて分析、日本の欠点がアグレッシブさと攻撃のスピードの欠如にあることを理解した。そして3月23日に始まった合宿、続く二つの親善試合では、その改善に主眼を置いた。
アグレッシブさとスピードを重視
アグレッシブさとは、相手ボールを奪いにいく強さと激しさ。そして攻撃のスピードとは、ボールを持ったときに相手ゴールに向かう姿勢。どんなサッカーでも、相手の守備組織を突破してシュートを打つには、「スピード」は不可欠な要素だ。ただ近年の日本代表は、ボールをもったときにはできるだけ失わないように安全に保持するという考え方を採ってきた。そしてパスをつなぎながら相手の守備組織のギャップを見つけたらそこでスピードアップして突破を図る。こうした攻撃を「ポゼッションサッカー」と呼ぶ。
ハリルホジッチ監督が言う「スピード」とは、ボールを奪ったらできるだけ早く前線に送り、そこからできるだけボールを下げずに相手ゴールに向かっていくサッカーだ。そのためには、トップスピードで動く選手にぴたりと付ける正確なパス、動きながらそれをコントロールしたりワンタッチでパスするような高い技術とともに、豊富な運動量が必要となる。
2試合で代表サッカーを活性化
3月23日からの合宿と二つの親善試合に備えて、ハリルホジッチ監督は31人もの選手を招集した。そして日本代表の改善点について明確に説明し、彼が考えるこれからのサッカーについてのトレーニングを行った。親善試合は3月27日のチュニジア戦(大分)と31日のウズベキスタン戦(東京)。チュニジア戦ではFW(フォワード)本田圭佑とMF(ミッドフィールダー)香川真司の二人を先発から外し、2試合全く違う先発を送り出して計27人の選手を使うという大胆な采配だったが、チュニジアに2-0、ウズベキスタンには5-1と連勝した。
初戦の前半は、アグレッシブな守備は見られたものの攻撃面ではなかなかスピードが出なかった。しかし後半に本田と香川を投入すると一気にスピードが上がって2得点。第2戦では前半から圧倒的なスピードで攻め、後半には交代選手を次々と送り出してその選手たちの活躍で4ゴールが生まれた。わずか2試合、180分で、日本代表のサッカーは1月までとは全く違ったものとなった。アグレッシブで、攻撃のスピードにあふれたチームとなったのだ。
同時に、2試合で27人もの選手を使い、第2戦ではMF青山敏弘、MF柴崎岳、FW宇佐美貴史、FW川又堅碁といった新戦力が得点したこともあり、競争が激化してチーム内が一気に活性化された。
初戦の前には、試合前のウォーミングアップが終了したときにピッチ上に先発だけでなく全選手とスタッフが集まり、円陣が組まれた。そして第2戦が終了したときには、ハリルホジッチ監督を全選手が囲んで歓喜の輪ができた。
「勝利」の重要性示す
2試合の親善試合なら、これまでの監督は23人(GK〈ゴールキーパー〉3人とフィールドプレーヤー20人)を呼ぶのが通例だった。しかしハリルホジッチは31人もの選手を呼び(DF〈ディフェンダー〉長友佑都はクラブの判断で不参加となり、FW興梠慎三は故障で合宿2日目に離脱したため、最終的には29人だったが)、その選手たちを魔法のような手際で一つのチームにまとめてしまったのだ。だが何より重要なのは、「攻撃のスピードアップ」を180分間の中で完全に実現し、日本中のサッカー選手とファンの前で表現してみせたことではないか。
近年、日本のサッカーはどの世代の代表も「ポゼッション」の迷路に陥り、サッカーの本来の目的である「勝つこと」を忘れてしまっている。その壁を打ち破り、再び世界に向かって成長していく重要な方向性を、ハリルホジッチ監督は日本代表の活動を通じて明確に示した。
ハリルホジッチ監督は、日本代表を2018年ワールドカップに、そしてそこでの上位進出に導くだけでなく、日本のサッカーを新たな成長に導く「改革者」になるのではないだろうか。