生物の授業などで、ヒトの性別の決定には性染色体が関わっていると学んだことがある人もいるだろう。だが、ヒトの性別が決まっていく「性分化」の過程にはいくつかのステップがあり、性染色体以外にもさまざまな遺伝子やホルモンの働きがかかわっている。DSD(Differences of Sex Development)は、そのようにきわめて複雑な性分化の過程において、なんらかの理由により非典型的な道筋をたどり、定型的なからだとは異なる状態を持って生まれることを指す総称である。「からだの性」が決まる仕組みも含めたDSDの基礎知識について、川井正信医師(地方独立行政法人大阪府立病院機構大阪母子医療センター研究所 骨発育疾患研究部門 主任研究員)にうかがった。
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DSDという「体質」
――DSD(性分化疾患)とは、いったいなんでしょうか。
DSDは、Differences of Sex Development の頭文字を取ったもので、いわゆる生物学的な性の発生過程が先天的に非典型的である状態を指します。日本語の医学用語としては、「性分化疾患」と書かれます。
以前、DSDはDisorders of Sex Developmentの略とされていました。今では「Disorder」よりも「Difference」を用いることが主流になりつつありますが、Disorders/Differences of Sex Developmentというように、両者が併記されることもあります。近年、DSDは「異常」や「病気」(Disorder)ではなく、「体質の個体差」(Difference)と認識されるようになってきていますから、日本語の名称としても、本来はDifferencesの訳にあたる言い方、たとえば「性分化の多様性」など、一般社会で使える新しい言葉が必要ではないかと思います。
DSDが「異常」や「病気」とされていた頃は、ご家族がDSDをもって生まれてきたお子さんのからだの状態を受け入れ難く感じるというケースもありました。その影響を受けて、当人も成長するにつれ恥ずかしいと思ってしまうなど、DSDをもっていることをネガティブに捉えてしまうことも少なくなかったのではないかと思います。しかし、DSDは、背が低い/高いといったことと同じように体質の一種であるという考え方は、医療者による説明を容易にし、当人やご家族の納得につながっていると感じます。なお、かつて使われていた「半陰陽」「インターセックス」という言葉は、当事者にとって差別的に感じられるという意見もあって、今は臨床の場では用いられません。
さて、ここからDSDについて詳しく説明するにあたり、大前提として頭に入れておいていただきたいことがあります。日本語では「性」という一語ですが、これを英語にすると「セックス」「ジェンダー」となり、それぞれの意味するところに応じてどちらかの言葉が使われます。DSDは「セックス」、いわゆる生物学的な性にかかわるもので、「ジェンダー」の領域である性別違和(出生時に身体的特徴をもとに割り当てられた性と、性自認とが一致しない状態)などとは異なる医学用語ですから、両者を混同すべきではありません。
【編集部註】「ジェンダー」との区別をつけるため、記事の中で「セックス」の領域の「男性」「女性」を示すときは、基本的に「表現型(phenotype)が男性」「表現型が女性」あるいは「男性型」「女性型」とする。「表現型」は 「遺伝子型(genotype)」に対応する言葉で、生物が示す形態的、または生理的な性質のこと。遺伝子型が同じでも「表現型(phenotype)」は異なることがある。
――性分化、つまりヒトの性(セックス)が決まっていく仕組みはどのようなものなのでしょうか。ヒトは遺伝子を内包する23対(46本)の染色体を持ち、このうち1対(2本)が性染色体で、性染色体の組み合わせがXXなら女性、XYなら男性と学校で習った記憶があります。
高校で習う生物の教科書にはそのように受け取れるような記載がされていますね。