TBSテレビを退職し、福島県いわき市へ移住した経験を持つテレビユー福島の木田修作記者。昨年(2020年)10月に、政府が原発処理水の海洋放出を決定しようとしたときには、漁業者をはじめとした地元の意見を連日にわたって放送。海洋放出の決定は、一時延期となった。そのわずか半年後、政府は海洋放出を強行的に決定した。木田記者がその後の現場を取材した。
東京電力福島第一原子力発電所にたまり続ける放射性物質トリチウムを含む処理水について、政府は4月13日、2年後をめどに、海に放出する方針を決めた。会議の席上、菅義偉首相は「避けては通れない課題」と強調した。漁業者の代表が「絶対反対」の意見を伝達してからわずか6日後の決定であった。
決定に至る過程で、梶山弘志経済産業相は「丁寧な説明、説得を旨に作業を進めている」と述べた(4月7日の記者会見)。いまにして思えばこの時の「説得」という言葉が、この問題を象徴していた。避けては通れない。だから、説き伏せる。その「説得」は、いまも続いている。
決定のその時まで、政府は関係者との対話に背を向け続けてきた。2020年4月から7度にわたって行われた関係者への意見聴取の会合で、政府は、議論はおろか、寄せられた意見や疑問に回答することもなかった。関係者が一方的に意見を表明し、事務局の「よろしゅうございますか」という一言で終了する。
その一方で、政府は着々と処分方法の決定に向けた準備を進めていた。2020年10月には、ほぼ海への放出が結論づけられていたと言える。この頃、海洋放出に向け、それ以外の処分方法をすべて否定する資料が政府内で作成されていた。この時期の決定は一度先送りされたものの、12月には現在のものとほぼ変わらない政府案もできている。それが4月まで延びたのは、新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言が理由であった。地元の意向を顧みた結果ではない。
事実、地元の漁業者にしてみれば、最悪のタイミングに近い海洋放出の決定だった。4月は、福島県沖の試験操業が終わり、本格操業に向けて水揚げを段階的に増やしていくスタートの時期であった。加えて、政府と東京電力は「関係者の理解なしに、いかなる処分もしない」と約束もしていた。決定の日、福島県漁連の野﨑哲会長は「約束を順守していただけるものと信じていました」と、梶山経産相に直接訴えた。この約束の行方は、いまも宙に浮いている。
菅首相は今後「懸念を払拭し、説明を尽くす」と関係閣僚会議で述べたが、海洋放出反対の声はより強固になったようにも思う。国民の理解は深まっていない。関係者はいま何を思うのか、決定から1か月後の現場を歩いた。
浜の町から
「去年あたりから、処理水の話はメディアで騒がれているじゃない。それで、すでに何件かそういう風評被害みたいな事例は出ているんだよね」
そう話すのは、明治から続くいわき市小名浜の水産加工会社の4代目で、仲買による団体、福島県水産加工業連合会の代表を務める小野利仁だ。処理水の処分方法が注目され始めた2020年から、首都圏などの業者の一部で取引をやめる事例が出ていると明かす。
仲買は、漁師の「船」に対して「魚屋」と呼ばれる存在である。水揚げされた魚を買い付け、注文に応じた加工も行い、豊洲市場などと取引する。この10年、最前線で風評被害を実感してきたのが、この「魚屋」だ。サンマのみりん干しを作る工場に隣接した事務所で、小野は続ける。
「政府方針を読むと、放出を始める2年後までに対策を考えればいいとも読めるけど、放出しなきゃ風評被害にならないという話じゃない」
消費者庁の調査では、かつて2割近かった「放射性物質を理由に福島県産をためらう人」の割合は2021年時点で8.1%にまで減った。風評被害をめぐる状況は改善しているようにも見える。
「どうしても福島の魚は買いたくないという人はいるわけだよね。確かに割合は年々下がっている。でも、売れ残るリスクなんかを考えると、業者はやっぱり100%売れるものを買う。そうすると消費者意識が9割まで回復しても、棚は別な産地のものに代わってしまう。つまり、俺らはゼロになっちゃうんだよ」
消費が落ち込めば「真っ先に切られるのが福島県産」と話す。食卓からの魚離れ、さらに新型コロナウイルス感染症に伴う飲食店の休業などによる需要減への危機感は、他の産地とは比較にならない。福島の魚を外しても流通する形ができつつある現状で、市場が縮小すれば、入る余地はさらになくなる。これが風評被害の実態の一つである。
「農産物と違うのは、魚は地域ではなく事業者のブランドでやってきたんだよね。同じサンマが水揚げされても会社によって値段が違う。例えば、こっちの会社は選別もよくて、鮮度もいいものしか買わないという信頼関係で取引をしてきた。あっちの会社は大量に売るという商売してきた。そんなふうに各々の経営理念があって、切磋琢磨してきた」