宇宙日本食の特異性
さて、日本で開発された宇宙食には、NASAやロシアの宇宙食にはない特徴がある。それは健康機能である。宇宙に滞在すると、身体にさまざまな影響が現れる。多くは無重力による影響である。人間は、地上では重力を受けているので、それに対抗するために骨や筋肉がある。骨や筋肉は新陳代謝といって毎日少しずつ壊れ、また少しずつ作られていく。これが無重力の状態では、作る必要がないと体が認識してしまい、壊れる一方になってしまう。そのため、宇宙飛行が終わると骨も筋肉もすっかり衰えてしまうことになる。かつて長期間の宇宙滞在から戻った飛行士が両脇をかかえられて地上に降り立つ姿をよく見たものだ。現在は、こうした状態を回避するために宇宙船内で運動をしたり、薬剤を服用したりしている。
日本の宇宙食の場合、地球と宇宙での環境の違いを考慮し、食事成分でさまざまな予防効果をねらっている。たとえば、たん白質の合成を助けるアミノ酸、骨の合成を助けるビタミン、宇宙線の害から身を守るリコピンやウコンなどである。また、これら栄養素を強化しても、そのことを感じさせないくらいのおいしさを保つところがポイントになっている。
難題はご飯と味噌汁
日本食というと何をイメージするだろうか。 刺身、寿司、てんぷら、うなぎといったところだろうか。しかし、これらは日常的には、あまり家庭で食べることはない。家庭料理といえば、やはりご飯に味噌汁がその代表である。それからカレーとラーメンだろうか。今回のプロジェクトでは、こうした普段食べている家庭の味を宇宙食とすることに決まった。ところが、最初からつまずきがあった。ご飯と味噌汁が一番難しかったのである。プラスチックの成型容器に入って電子レンジで温めるご飯が市販されている。利用している人も多いだろう。あれは、炊いたご飯を無菌状態でパックしている。最初はこれを利用できないものかと考えたが、1年間の保存は無理だった。それから、宇宙では電子レンジが使えないので温めなおすことができない。ご承知のように、ご飯は保存するとでん粉が老化してしまい、再加熱しないと食べられない。これを長期間保存する場合、2つの方法がある。1つは120℃という高温でレトルト殺菌すること。もう1つは乾燥することだ。まずレトルトだが、ご飯をレトルト殺菌すると餅のようになってしまう。これではだめだということで、レトルトにするご飯はお粥にすることにした。製造は、キユーピー株式会社。これなら大丈夫だ。しかし、そうすると別の問題が生じてくる。粘り気である。宇宙空間では無重力なので、液体が飛び散ってしまう。無重力で飛び散らない程度の粘度が必要になる。そこで、粘度の基準を作成することになった。NASAにはない基準だからだ。こうした試行錯誤の末、ようやく白粥が宇宙食になった。()
さて、もう1つの乾燥だが、これはちょうど良い技術があった。 米に含まれるでんぷんを加熱して、消化しやすい状態にしてから乾燥させたアルファ化米だ。 登山用や非常食としてすでに実用化されているものである。尾西食品株式会社の4種類のアルファ化米を宇宙食として採用することになった。ただ、水で戻すのに少し時間がかかるのが難点だが…。
次に味噌汁だが、これは残念ながら現時点では実現していない。難しい点は2つある。1つは具がチューブを通らないこと。宇宙では、液体はチューブで飲むが、NASA仕様では細くて具が通らないのだ。そこで、チューブを使わない容器を開発することにした。スパウトと称して、一般にゼリー飲料に使われているものである。これなら小さめの具なら通すことができる。2つ目は味噌の風味の劣化である。味噌は乾燥させると酸化が進みやすくなるので、常温で1年間の保存は厳しいのだ。こうした理由から、現時点では味噌汁は実現していない。代りに、理研ビタミン株式会社がお吸い物を作った。これも具が入っているが、スパウトを通して飲むことができる。これでようやく、ご飯とお吸い物を宇宙日本食として完成させることができた。
カレーとラーメン
日本人が大好きなカレーとラーメンも用意することができた。NASAのメニューにもカレーはあるが、とろみのある日本独特のカレーはない。宇宙日本食のカレーは、スパイスやウコンが強化されており、製造したハウス食品株式会社では、一般にも市販する予定があるようだ。ラーメンの場合、工夫が必要だった。基本はインスタントラーメンだが、スルスルとすするわけにはいかないので、汁にとろみがついている。めんもばらばらにならないように形状が「記憶」されている。 スペース・ラム(Space Ram)という名称で、日清食品とJAXAが共同開発した。 すでに野口聡一さんが宇宙で食べているのがニュースになっているので、ご存じの人も多いだろう。味は、しょうゆ、シーフード、カレー、とんこつの4種類である。()
その他の宇宙日本食
この他、イワシのトマト煮やサバの味噌煮、サンマの蒲焼きなど、マヨネーズなどの調味料を含めて29種類の食品が第1弾で認証された()。その中には緑茶やウーロン茶、甘味が心を和ませる羊羹や飴なども入っている。当然ながら、これらはNASAやロシアのメニューにはないものばかりだ。こうした食品が宇宙飛行士とともに宇宙に飛び立ち、無重力状態の宇宙船内で食べられる姿を見るには、あと少しの時間が必要である。楽しみにしておこう。さて、次回の最終回では、この6月27日に認証された宇宙日本食の数々を改めて紹介しよう。また、宇宙日本食の新たなチャレンジについても紹介したい。