さまざまな工夫がなされた宇宙日本食
6月27日、JAXA(宇宙航空研究開発機構)より第1次認証食品が発表された()。その多くは、日常、私たちが食べている市販品を改良したものだ。しかし、宇宙食とするために、細部にさまざま工夫がなされている。まずは、尾西食品(株)のご飯(白飯、山菜おこわ)()。これは、登山食にも用いられているアルファ化米だが、市販品は高温で調理する。しかし、宇宙空間では、それよりも低温(75℃)のお湯しか使えない。そこで、低温でももどりやすいアミロースの割合が多い米を原料としている。
(株)マルハグループ本社のさばの味噌煮やイワシのトマト煮は、食べやすいように一口サイズになっている。また、味付けも濃いめである。()()
キユーピー(株)の白がゆは、粘度の基準をクリアするために、市販品よりも米の割合が多い。
理研ビタミン(株)のわかめスープは、具のわかめが市販品よりも細かくカットされている。飲み口にひっかからないようにするためである。()()
その他の製品も、市販品とは違ってパッケージに印刷がされていない。印刷インキは余分なガスを発生する恐れがあるからである。このように、宇宙という特殊な環境で食べる宇宙食を開発するには、私たちの日常では考えられないような多くの条件が存在する。この条件をクリアしてはじめて、宇宙食と呼ぶことができるのだ。
すしが宇宙へ?
外国人がイメージする日本食の代表がすしである。実は、このすしを宇宙食にしようとチャレンジしている企業がある。富山の鱒ずしである。新鮮な鱒の切り身と酢飯と笹の葉で作った押しずしだ。酢と笹の葉に含まれる殺菌効果で結構長持ちするものだが、宇宙食となると話は別だ。なにせ、宇宙食の場合、室温で1年間保存できなければならない。本当にそんなことが可能なのだろうか。考え方は、次のとおりだ。食品が腐敗するのは微生物が原因である。ならば微生物をなくしてしまえばよいのではないか? 今回はこれにチャレンジする。鱒ずしの材料のご飯と鱒、笹を別々に考える。ご飯は加熱殺菌が可能だ。さらに酢で酸性にすれば、なお保存性が増す。笹の場合は最も簡単だ。高圧殺菌が可能だからだ。問題は鱒。魚は海の中で微生物に汚染されている。その汚染菌を除去しなければならない。そこで、新しい技術として、電解水を使うことになった。電解水とは、最近許可された技術で、薄い食塩水を電気分解すると、殺菌力のある水を得ることができる。これで魚を洗浄しようというのだ。また、洗浄と同時に殺菌作用も期待できる。一連の作業は、無菌室(クリーンルーム)の中で行われる。こうして、無菌の鱒ずしを1年間保存する試験を行うのだ。はたして成功するか? 1年後が楽しみである。
待ち受ける厳しい検査
こうして1年間の保存試験を開始した鱒ずしだが、これ以外にも宇宙食として認証されるためには、厳しい基準をクリアする必要がある。ここで、認証までの道のりをまとめておこう。第一は衛生性である。原料と最終食品の微生物が一定以下でなくてはならない。当然、製造する場所にも衛生性が求められることになる。必ずしも、クリーンルームは必要ないが、清浄な環境を保証する必要がある。
次に、保存試験だ。1年間、室温で保存し、その間に高温と低温の環境に短時間おくというものだ。この保存後に、微生物検査と官能検査が待っている。微生物検査では、保存後の微生物の増殖数などについて検査し、官能検査では、見た目や味、舌触りなどを検査する。当然、栄養成分も分析してもらう必要がある。
また、宇宙食をパックする容器にも基準がある。JAXAで認証したパッケージを購入するのが簡単だろう。そして何よりも、これらの過程をきちんと手順化し、すべての記録をとることが求められる。全社的なバックアップがないと難しいだろう。
もうひとつ大切なことがある。JAXAで認証されたからといって、すべてが宇宙に行くわけではないということだ。肝心なのは、宇宙飛行士に選んでもらう必要があること。すでにNASAメニューが200以上、ロシアメニューが100以上存在するのだ。それでは満足できないメニューを作り上げる必要がある。
また、これらの難関をすべて乗り越えても、宇宙に持っていく数はわずかなものであることも心得ておく必要がある。宇宙での食事は、10日がワンサイクルなので、その中の1品に選択されても、3カ月のフライトだと10食分に過ぎない。宇宙食はビジネスではなく、あくまでもロマンを売るものだと心得るべきだろう。
意外な問題
最後に、宇宙食の開発とは少し離れるが、宇宙食とも関係がある水についてまとめておこう。これが意外に大きい問題なのだ。宇宙食の中の凍結乾燥食品は、食べるときに水かお湯でもどす必要がある。ところが、この水のことが現在でも課題として残っている。まず、スペースシャトルとISSでは事情が異なる。
スペースシャトルでは、ヒーターや加水装置といった調理器具はNASAが用意する。そこで使用される水は、シャトルの中で作られている。シャトルでは、電気は燃料電池で発電する。燃料電池は、水素と酸素を反応させて電気を作るが、その副産物として水が得られるのだ。いわば、純水である。この水を食事や飲料水に利用する。
一方、ISSでは、調理器具はロシアが用意する。ISSでは、電力は太陽電池で発電するので、水を作ることができない。では、水はどうするのかというと、ロシアが地上から運んでくる。この場合、長期間水を保存するので、当然、殺菌料を添加する。この殺菌料は銀をメインにしたもので毒ではないが、あまり飲みたくないので、使用する直前にイオン交換樹脂でろ過することになっている。問題は、ろ過した後の水がどんな状態なのかの情報が、いま現在ないことだ。特に緑茶やウーロン茶などは水が命なので、実は困っているところなのである。
宇宙食と日常とのかかわり
第1回の冒頭にも書いたが、宇宙食は究極の保存食である。アポロ時代に開発された宇宙食の技術は、現在、私たちも日常生活で利用している。また、宇宙で起きる身体的変化は、実は、高齢になると誰にでも起きる変化でもある。骨そしょう症は、骨からのカルシウムの減少であり、寝たきりの筋肉の衰えも無重力での衰えと同じである。老化現象も、宇宙での放射線による影響と通じている。つまり、宇宙食で飛行士の健康を維持しようという試みは、地上での高齢化による身体的変化を予防することと同じなのである。私は、宇宙日本食の開発が日本の高齢化社会に対して役立つことを信じて、今後も研究を続けていきたい。