この問題は、晩婚化や晩産化、少子/高齢化が加速する日本において、「産まない選択」がある一方で、「産みたくても産めない現状」があり、それが大きな課題になっていることを多くの人々が知るきっかけとなった。そこで、ここでは注目される不妊治療の現状や、先進的な治療法をめぐる法整備の状況、30代女性の出生力などについて解説していく。今回は、日本における不妊治療の現状についてまとめよう。
妊娠できないかもしれないという不安
06年6月に国立社会保障・人口問題研究所が公表した「第13回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査、夫婦調査)」によれば、「不妊を心配したことがある」または「現在心配している」夫婦は25.8%で、4組に1組の割合になっている。実際に「検査や治療を受けたことがある」または「現在受けている」夫婦も13.4%と、7.5組に1組にも上った。また、結婚している女性の約4人に1人が、「妊娠・出産にかかわる健康について問題や障害がある」と回答しており、なかでも、子宮筋腫や子宮内膜症などの「婦人科系の障害がある」という人は、年齢が高くなるほど増える傾向がある。「晩婚」や「晩産」という選択が、単に女性の生殖可能期間を縮めるだけでなく、妊娠・出産に関連する障害を増やす可能性もあると考えられる結果となった。
妻の年齢が20歳から49歳にある夫婦の4組に1組が、不妊を心配したことがあり、既婚女性のほぼ4人に1人が妊娠・出産にかかわる健康に何らかの問題を感じているという事態は、深刻に受け止めるべきだろう。
高度化する不妊治療技術
厚生労働省の研究班が行った「生殖補助医療技術についての意識調査2003」によれば、日本の不妊治療患者数は03年時点で46万6900人と推計されており、1999年(28万4800人)からの約4年間で1.6倍にも増えたという。国内で初めて体外受精の成功例が報告されたのは83年のことだが、その後の生殖補助医療技術(不妊治療のための医療技術)の進展は目覚ましく、現在では、排卵日を指定して性交を行うタイミング法や排卵誘発法、人工授精、薬物療法などの一般的な治療に加えて、体外受精(卵巣から取り出した卵子を培養器で受精させ母胎に戻す方法)や、顕微授精(精子を針で卵子に注入し受精させ母胎にもどす方法)などの高度な生殖補助医療技術を導入した治療法が急速に一般化しつつある。先進的な生殖補助医療の一例として、日本産科婦人科学会の倫理委員会報告書から体外受精の治療実績を見てみよう。治療周期総数は、96年の4万3413周期から04年の11万6604周期へと、直近8年間で2.5倍以上に増え、治療の結果誕生した子どもの数も同4436人から1万8168人へと増加している()。04年で見ると、年間出生数(117万人)に占める割合は約1.6%となり、実に我が国の新生児の約65人に1人が体外受精で誕生した計算になる。 また、第二次世界大戦以降日本でも実施されてきた、第三者から精子の提供を受ける非配偶者間人工授精(AID)で誕生した子どもの数は、1998年以降も毎年100人を超えている。
遅れる法整備
こうした生殖補助医療技術の進展は、多くの人にメリットをもたらしてきた半面、新たな問題も提起している。命の萌芽ともいうべき精子・卵子・受精卵などを提供する行為は、生命倫理上認められるべきか否か、命とはどこから始まるのか、といった根源的な問題である。先の最高裁判所の判決にも見られるように、この問いに対して、日本の法律はまだ明確な答えを出していない。また、代理母や代理出産、第三者から精子や卵子の提供を受けて出産した場合の親子関係や、誕生した子の「出自を知る権利」などについても、現在の民法には明文化された規定がない。日本産科婦人科学会では、会員医師がこうした治療を行う際の指針となる「会告」を公表し、それぞれの医療行為の適用範囲などを示している。しかし、不妊治療を続けるカップルの中には、さまざまな事情から、学会の会告上の規制を超えた不妊治療を求めて、国外での治療を試みる人も出てきているのが現状である。先進諸国では、80年代から90年代にかけて、親子法の見直しや生命倫理法の制定を通して、急速に進む生命科学に対する倫理規範を、国として示してきている。日本でも、「命とはどこから始まるのか」「親子とは何か」という問いに対する国民的な議論とコンセンサス作り、そして一日も早い法整備が求められている。
今回は、日本における不妊治療の現状の全体を見渡したが、次回は、日本で認められている不妊治療と認められていない不妊治療について、具体的に解説したい。
治療周期
それぞれの医療行為を試みた回数のこと。治療の最初のステップからカウントする。例えば、「採卵」の段階で失敗し、卵子と精子を「受精」させ母胎に戻すという最終段階まで到達しなかった場合でも1周期とする。対象期間は1月~12月。
資料:日本産科婦人科学会「倫理委員会・登録・調査小委員会報告」(97年度~05年度)より筆者作成