バイトのために勉強できない
「ブラックバイト」とは、13年7月に私が考え出した言葉である。この言葉が、短期間にこれだけ多くの人々に知られるようになったのは、学生アルバイトの現状がとても深刻になっていることを示していると思う。私は大学教員になって以来、ゼミ合宿を行ってきた。実施の1カ月以上前には学生と日程について話し合う機会をつくり、そこで学生同士の予定を調整していた。この方法も、10年前後には不可能となった。ゼミ合宿の1カ月以上前であっても、すでにアルバイトのシフトが決まっている学生が登場した。ゼミ合宿の2カ月以上前に日程を相談すると、別の学生は当日の1週間前にならなければシフトが決まらないという。何とかその2人の可能な日程を設定すると、その2人以外の学生の1人が、その日は曜日固定制のアルバイトで、いかなる理由があっても休めないという。私はゼミ合宿の実施を断念せざるを得なくなった。
問題はゼミ合宿にとどまらない。試験前や試験期間中に「アルバイトのために勉強できない」という学生の悲鳴が上がるようになった。さらに、アルバイトのために試験そのものを欠席して単位を落としたり、就職の面接に行けない学生と出会った。私は「このままでは大学教育はできない」と考え、13年6~7月にかけて学生のアルバイト調査を実施した。
その調査によって、私は驚くべき実態を知ることができた。学業に差し支える長時間労働、賃金未払い、サービス残業、ノルマを達成できない時に自分で商品を買い取る「自爆営業」、本人の希望を無視したシフト設定、アルバイトをやめる場合の罰金請求、パワーハラスメント(パワハラ)、セクシュアルハラスメント(セクハラ)など、違法行為や劣悪な働かせ方が横行していた。そこで学生の個人名を伏せて、自分のフェイスブックにバイトの実態を掲載した。短い期間にその記事はとても多くシェアされ、内容にも大きな反響があった。
すでに大学を卒業して、かなりの年数がたっている世代の人々からは、「これが本当にアルバイトなのか?」という驚きの反響が数多くあった。一方で現役の高校生や大学生からは、北海道から沖縄まで全国から「私の地域も同じです」との反応が返ってきた。そこで私は、これは自分の身の回りのみの現象ではないと判断し、「ブラック企業」になぞらえて「ブラックバイト」と名づけた。
がまんして働かざるを得ない
ブラックバイトを次のように定義した。(1)学生であることを尊重しないアルバイト。(2)フリーターの増加や非正規雇用労働の基幹化が進む中で登場した。(3)低賃金であるにもかかわらず、正規雇用労働者並みの義務やノルマを課されたり、学生生活に支障をきたすほどの重労働を強いられることが多い。私も参加したブラック企業対策プロジェクトの「学生アルバイト全国調査」(14年)によれば、希望していないシフトに入れられたことがある大学生が21.3%であることをはじめ、残業代不払いやパワハラなど何らかの不当な扱いを受けている割合が66.9%に達している。このことは、ブラックバイトが大学生の間で広く浸透していることを示している。
ブラックバイトの登場には、社会的背景がある。第一に、保護者の収入減による学生の貧困化である。大学生の学費の主たる担い手である保護者の経済状況は、急速に悪化している。たとえば、民間企業労働者の平均年収は1997年の467万円から、2013年は414万円に低下している(国税庁「民間給与実態統計調査」)。また、1世帯あたりの平均所得金額は、1994年の664万円をピークとして、2012年には537万円にまで低下した(厚生労働省「国民生活基礎調査」)。
保護者の所得減にともなって、大学生の仕送り額も減っている。1995年には月に10万円以上の仕送り額の下宿生が全体の62.4%を占めていたのが、2014年には29.3%まで低下している。一方で、仕送り額が月に5万円未満が1995年の7.3%から2014年には23.9%に上昇し、仕送り額ゼロも1995年の2.0%から2014年には8.8%まで上昇している(全国大学生活協同組合連合会「学生生活実態調査」)。
この状況下で大学生のアルバイトは、かつての「自分で自由に使う」お金を稼ぐためのものから、「学生生活を続けて行くために必要最低限なお金」を稼ぐものへと変わった。保護者の経済状況が悪化していることは、高校生のアルバイトにも拍車をかけている。
高校生や大学生の経済状況が厳しいことを、雇う側は敏感に察知している。学生の多くはアルバイトをしなければ学校生活を続けられないため、かなり無理な労働条件であってもがまんして働かざるを得ない。厳しいことを要求しても簡単にはやめることができない経済状況を知っていて、雇用主はこれまで以上にきつい労働条件で学生を働かせている。それがブラックバイトを増加させる要因になっている。
社会にとって巨大なマイナス
第二に、労働市場の劣化である。1990年代以降、政府・財界の規制緩和政策などによって、正規雇用の急減と非正規雇用の急増が進んだ。非正規労働者の数は2014年11月に2012万人と2000万人を突破し、正規労働者の減少もともなって、非正規労働者の全労働者に占める割合は38.0%に達した(総務省「労働力調査」)。かつては非正規労働者の多くが、正規労働者の「補助」労働の役割を果たしていた。しかし、非正規労働者の増加と正規労働者の減少は、労働市場における非正規労働者の位置づけを変えた。正規労働者の減少によって、非正規労働者は職場の「基幹」労働を担うことを余儀なくされるようになった。
「基幹」労働を担うことになってしまった非正規労働者は、かつての「補助」労働の時のように、自分の都合で休んだり、シフトを調整することが容易ではなくなる。バイトリーダー、バイトマネジャーなど、学生アルバイトであるにもかかわらず、正規労働者並みの義務やノルマを課されることが珍しくなくなっているのも、そのためである。
特にここで強くなっているのは、「職場への組み込み」である。様々な手法を使って、高校生と大学生の「職場への組み込み」が強化されている。職場の人間関係のあり方は、学校の部活動をモデルにしているところも多い。先輩後輩や、同級生同士の関係などである。高校生と大学生の多くは部活動の経験があるから、それと類似する人間関係を職場で構築することによって、帰属意識を持たせ、容易には抜けられない状況を作り出している。
売り上げのノルマをアルバイトに課したり、店の売り上げ目標へ向けて働かせるのは、利益追求主義であると同時に、学生アルバイトを職場により強く組み込む手段となっている。会社の利益と自分の喜びを同一化させ、「やりがい」意識を持たせることによって、より職場へのコミットメントが強められる。これによって高校生や大学生はブラックバイトを自然なものとして受け入れていく。
学生の貧困化と労働市場の劣化によって、ブラックバイトは生み出された。ブラックバイトは、アルバイトと学生生活との両立を困難にする。高校生や大学生が十分に学べないことは、学生本人の学ぶ権利を奪っていると同時に、将来の労働力の質を低下させている点で、社会全体にとっても巨大なマイナスである。ブラックバイトは、今後の日本を左右する重大な社会問題である。