2019年5月10日に、「大学等における修学の支援に関する法律」が国会で成立。新聞やテレビなどのマスコミでは「高等教育無償化」と報道されています。2020年4月施行、というこれら報道を見て、「来年から大学の授業料がタダになる!」と思う人は多いでしょう。授業料、入学金を経済的な障壁と感じ、進学を諦めていた学生やその家族には朗報に聞こえます。ところが、この法律の中身を知れば、「無償化」とはとても言えないものであることが分かります。奨学金問題などに詳しい大内裕和・中京大学教授に、問題点や打開策について解説していただきました。
「無償」になるのは誰か?
「大学等における修学の支援に関する法律」は、住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯出身の学生に対する大学等の授業料・入学金の減免と給付型奨学金の拡大を内容としている。分かりやすく言えば、経済的にかなり困窮している家庭の学生のみが支援対象になるということである。
授業料・入学金の減免額は次のように予定されている。
国公立大学の場合、文部科学省令で定められた国立大学の授業料及び入学金の標準額を上限として、出身世帯の経済状態に応じて支払いが免除あるいは減額される。私立大学については、入学金は私立大学の平均額を上限とし、授業料は、国立の標準額に、私立の授業料の平均額と国立の標準額との差額の2分の1を加算した額が上限となる。短期大学、専修学校専門課程(専門学校)、高等専門学校についてもこれと同様である。
給付型奨学金は国公立大の自宅生が年間35万円、自宅外から通う学生(自宅外生)が年間80万円、私立大の自宅生が年間46万円、自宅外生は年間91万円を支給される。短期大学、専修学校専門課程(専門学校)についてもこれと同様、高等専門学校については学生生活費の実態に応じて、大学生の5割~7割程度の額を支給する措置となっている。
授業料の減免措置は、国公私立の大学・短期大学・専門学校・高等専門学校(4年生以上)をひとしく対象とした点では、これまでになかった制度である。また給付型奨学金についても、特に自宅外生についてはこれまでに比べて大幅な増額が行われている。
しかし、この「大学等における修学の支援に関する法律」には多くの問題点がある。第一に、この法案は、マスコミが報道する「高等教育無償化」とは程遠い内容となっているという点である。
法案では、支援対象である学生に対して、極めて限定的な経済的要件を課している。その結果、授業料減免や給付型奨学金を受けられる学生がとても限定されている。全額免除となるのは住民税非課税世帯のみである。目安として、4人家族(両親・本人・中学生)の場合、年収270万円未満の世帯が該当する。4人家族で年収300万円未満の世帯は3分の2免除、4人家族で年収300万円以上380万円未満の世帯は3分の1免除となっている(要件を満たす世帯年収は家族構成により異なる)。
支援する対象の学生がこのように限定されているのだから、この法案は「住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯出身の、ごく少数の学生のみを対象とした学費負担軽減法」であり、「高等教育無償化」と呼ぶのは明らかに誇大であり誤りである。政府がこの法案を「高等教育無償化」と説明するのは多くの人々に誤解を引き起こすものであり、「高等教育無償化」とのマスコミ報道も適切ではない。
大多数の世帯には恩恵ゼロ
第二に、年収380万円以上(4人家族の場合)の低・中位所得層への支援が全く行われず、近年の高等教育における学費問題の中心的課題に対応していないという点である。近年、奨学金が大きな社会問題となった背景には、1990年代後半以降の奨学金利用者の急増がある。4年制大学における奨学金利用者の割合は、1996年の21.6%から2014年には51.3%へと急増した。急増の理由は学費の高騰に加えて、この時期に親・保護者の所得が減少したことが挙げられる。全世帯の平均所得は、1996年の661万2000円から2014年には541万9000円に減少している(厚労省「国民生活基礎調査」)。世帯の平均所得の減少と奨学金利用率の上昇の時期が、ぴったりと重なっている。しかし、反比例するように、大学の学費は上昇。国立大学授業料は44万7600円(1996年)から53万5800円(2014年)、私立大学は平均で74万4733円(1996年)から86万4384円(2014年)と、高騰を続けている。
これらのデータは、かつては大学学費を負担することが可能だった多くの「中間層」世帯が、学費を支払うことが困難となったことを表している。
しかし、今回の法案はこうした事態に対応するどころか、むしろ悪化させている。これまで国立大学の授業料・入学金減免の選考基準に基づいて、各国立大学が実施してきた減免措置の対象には、年収380万円以上(4人家族の場合)の世帯も含まれていた。ところが、今回の法案によって、これまで減免措置を受けていた学生の何割かが新しい減免制度の対象外になる可能性がある。
大学生のほぼ2人に1人が奨学金を利用しているという実態からは、低所得層のみならず、中間層も高等教育費の高さに苦しんでいることが明らかである。今回の法案がこの層への対策を講じていないことは大きな問題である。
支援を受ける教育機関にも数々の条件が
第三に、支援の対象となる学校に「機関要件」が定められていることである。
大学等が機関要件を満たす「確認大学等」と認められなければ、学生は授業料・入学金の減免を受けることができない。
「機関要件」を定める理由としては、「支援を受けた学生が大学等でしっかりと学んだ上で、社会で自立し、活躍できるようになるという、今回の支援措置の目的を踏まえ、対象を学問追究と実践的教育のバランスが取れている大学等とするため」ということが挙げられている。つまり、支援を受けた学生が実社会で通用するようになるのが目的なので、アカデミズムのみではなく、実学と両立させている大学でなければ支援対象とはしないと言っているに等しい。