具体的には、2018 年 12 月 28 日に閣議決定された「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」(以下「方針」と略)では、(1)「実務経験のある教員」による授業科目が標準単位数の1割以上配置されていること、(2)学校法人の「理事」に産業界等の外部人材を複数任命していること、(3)シラバスの作成、GPA (Grade Point Averageの略。学期ごとの成績平均を算出する制度)などの成績評価の客観的指標の設定、厳格かつ適正な成績管理の実施・公表、(4)財務情報、定員充足状況や進学・就職の状況等の開示、を示している。
「方針」の(1)(2)では、実務経験のある教員(「実務」とは何かについては、具体的に示されていない)や理事の選任についての条件が提示されている。しかし、教員や理事に誰を選任するかは大学の運営の根幹に関わる事項であり、個々の大学の実情に照らし、それぞれの現場で民主的プロセスの中で判断されるべきことである。それにもかかわらず、政策誘導的な基準が設けられている。
このことによって、人文社会科学系のアカデミックな教育研究を主とする大学は「実務経験のある教員による授業科目」を1割以上開設するという機関要件を満たさず、支援の対象にならない可能性がある。それは、支援を受ける学生が、自分が学びたい大学や学問を選択する機会を狭められることにもなる。もう一方で、「実務経験のある教員」の授業科目を無理やり増加させれば、学問研究の水準が下がったり、カリキュラムが歪んだりする大学が出てくる危険性があるだろう。
また、学校法人の理事に産業界等の外部人材を導入する政策は、産業界や政府による大学自治への介入をもたらすとともに、政府の経済政策に合致した大学や学問分野のみが優遇されることにつながり、「学問の自由」を脅かすこととなるだろう。
多方面で教育格差が拡大
「方針」はさらに、「教育の質が確保されておらず、大幅な定員割れとなり、経営に問題がある大学等について、高等教育の負担軽減により、実質的に救済がなされることがないよう」 にするためとし、経営基盤が弱体であったり、直近3カ年で連続して在籍学生数が収容定員の8割を下回っている大学は支援対象としないとしている。「定員割れ」=「教育の質が確保されていない大学」という判断は、余りにも表層的である。定員割れに苦しむ経営困難大学の多くは、人口減や基幹産業の衰退に悩む地方の中小規模大学である。「定員割れ」によって選別を行うこうした政策は、地方大学の淘汰を促進し、大都市圏と地方との教育格差を一層拡大させることになる。
第四の問題点は、支援のための財源が消費税(10%増税時の増税分)と決められていることである。消費税は低所得者に負担の重い逆進性の強い税である。たとえ住民税非課税世帯への支援が行われても、その世帯も消費増税による負担が増すことに変わりはない。
今回支援の対象から外れる380万円以上(4人家族の場合)の低・中位所得世帯に至っては、消費税の負担増のみが重くのしかかることとなる。現在でも年収400万円以上600万円未満世帯の学生の4年制大学進学率は、1000万円超世帯の7割に留まっている(財政制度等審議会配布資料)が、こうした負担増は教育格差を助長するだろう。
今回の法案は「住民税非課税世帯・それに準ずる世帯」と「それ以外の世帯」との教育格差是正には有効に働くかもしれないが、「年収600万円未満世帯」と「それ以上の世帯」との格差は、むしろ拡大する危険性が高い。これでは「無償化」の目的である「教育の機会均等」は実現しない。
以上のように、今回の「大学等における修学の支援に関する法律」には数多くの問題点がある。
望まれる方向は、民主党政権(当時)が2012年9月に国際公約した「中等・高等教育の無償教育の漸進的導入」の理念に立ち返ることである。「無償教育の漸進的導入」は、国際人権規約社会権規約(A規約)13条2項(b)(c)に根拠を置くものであり、権利としての高等教育へのアクセスを無償教育によって実現する、という考え方に立脚している。
しかし、今回の「大学等における修学の支援に関する法律」は支援対象を世帯年収380万円未満に制限した上で、支援内容も授業料等の減免と給付型奨学金の「拡充」の範囲に留めている。そのことが引き起こす様々な問題に加えて、無償化と局限的な「支援」とは原理的に一致しないという点が重要である。無償化の方向を目指すのであれば、授業料減免の対象や要件を細かく設定してはならない。
奨学金問題が最優先!
何よりも優先されなければならないのは、貸与型奨学金が多額の「借金」となって多くの人々を苦しめている現状を一刻も早く改善することだ。1990年代初頭のバブル経済崩壊以降、大学等の高等教育機関を卒業した後、就職難や雇用の不安定に苦しんできた人々は、社会や時代の犠牲者である。彼らの多くが高等教育機関在学中に利用した奨学金の返済に苦しんでいる。奨学金の返済に苦しむ人々を放置したまま、これから進学する学生のみの支援を進めることは新たな「分断」を引き起こす恐れがある。
奨学金を返済することが困難な人々の救済制度の充実に加えて、「氷河期世代」や「貧困世代」と呼ばれるほど困難な状態に置かれている人々を救済する措置として、「債務帳消し」を含めて奨学金返済負担の抜本的軽減策を構想すべきだ。奨学金返済負担の軽減は返済困難に苦しむ人々を救うばかりでなく、結婚や出産を躊躇している多くの若者のライフコースにおける選択肢を拡大し、未婚化や少子化などの社会問題を改善する可能性が高い。
財源はある!
高等教育費用の軽減策としては、一部の低所得者に支援を限定する「選別主義」を取るのではなく、すべての学生の高等教育アクセスを可能とする「普遍主義」を取るべきだ。重要なのは、あらゆる学生を対象とする高等教育機関の学費軽減と給付型奨学金の抜本拡充である。
高等教育費軽減や給付型奨学金の拡充は、「生まれた家庭の経済状況による教育格差」を是正し、「教育の機会均等」を実現するために行われるものである。そのための財源は、富裕層や利益を上げている企業への課税強化といった「応能負担」税制であることが重要である。
たとえば富裕層課税を具体的に考えてみよう。図1と表1は野村総合研究所が2018年12月18日に発表したデータである。表1から超富裕層と富裕層の純金融資産を合計してみると、2000年の171兆円から2017年には299兆円まで128兆円も増加している。