非正規雇用や日払いで働いていて、年末年始の休業中に苦しい状況に追い込まれた人たちのために開かれた「年越し大人食堂」。その様子を伝えるニュース映像に、にこにこ笑いながら料理を作る枝元なほみさんがいた。おいしそうなメニューとその笑顔に、彼女の話を聞いてみたくなった。料理研究家であり、ホームレス支援や農業支援にも駆け回る枝元さんは、どんな思いで“ごはんを作る”のか。
たくさんの人に支えられた「年越し大人食堂」
2019年12月31日と年明け1月4日の2回、都内で開かれた「年越し大人食堂」で料理を担当しました。
これは、〈東京アンブレラ基金〉、〈一般社団法人つくろい東京ファンド〉、〈NPO法人POSSE〉の三つの団体が協働で実施した取り組み。年末年始のお休みは、日払いや時給で働いている非正規雇用の人たちの仕事が途切れてしまうことが多く、普段は何とかネットカフェなどで寝泊まりしている人も、お金がなくなって路上生活を強いられるケースが増えるのだそうです。
そうした人たちに向けた労務相談や生活相談の場を設けるとともに、同じ場所で無料の昼食・夕食を提供するというのが、この「年越し大人食堂」の試みでした。私も、雑誌『ビッグイシュー』などを通じて、路上生活をしている人たちへの支援活動に関わってきた縁で参加させてもらうことになったのです。
開催に向けて、他のイベントでご一緒した全国各地の有機農家さんが、話を聞いてたくさん野菜を送ってくださいました。それはもうすごい量で、一時は自宅の玄関が八百屋さんみたいになって、「どうしよう」と途方に暮れるくらいでした(笑)。
「これは○○さんが作ったじゃがいも」「こっちは○○さんの白菜」と、作った人の顔が見える野菜ですから、葉っぱも皮も全部、絶対に捨てることなく使い切ろうと決意して準備にかかりました。東京では初めての試みということで、どのくらいの数の人が集まるのかよく分からなかったのですが、足りなくなったらまた作ればいい、それでも足りなければ分け合えばいい、何とかなるよ、くらいのゆったりした気持ちでいこうと思いました。
12月31日のメインメニューは、刻んで発酵させておいた白菜を使った酸辣湯風スープ。1月4日はお雑煮と、これまたいただきものの猪肉と鹿肉を使ってカレーを作りました。田畑を荒らすため駆除された猪や鹿の肉の行き場がなくて余っているから、といって分けていただいたんです。
当日、調理の合間には食事をしに来てくれた人たちと話をする機会もありました。まだ若い、本当に今どきの「おしゃれでカッコイイお兄さん」という感じの男性が、「所持金が150円しかなくなってここに来たんです」と話してくれて。道ですれ違っても、誰も彼がそんな生活をしてるなんて思わないだろうな、と考えました。
同時に、単なる「相談会」だったら、彼は来なかったかもしれないとも思いました。「食堂」という場があって、「ごはんをどうぞ」って言えることで、来てもらうためのハードルが一気に下がったんじゃないかな。
だから、できれば恒常的にこの「大人食堂」の取り組みができたらいいと思っています。それも、余裕のある人には代金を払ってもらって、生活が苦しい人はもちろん無料で食べられるという形にして、誰もが「ちょっとごはん食べに行こう」って気軽に立ち寄れる場所になったらいいですね。いろんな敷居や垣根を取り払って、生活の苦しい人もそうでない人も、もっと「混ざれる」ような場所を作れたらすてきだなと思うんです。
販売者は「パートナー」──『ビッグイシュー』との出会い
『ビッグイシュー』との関わりは、日本版の創刊数年目にインタビューを受けたのがきっかけです。「ホームレス」状態の人たちに、お金や食べものを渡すのではなくて「雑誌を路上で売る」という仕事を提供する。『ビッグイシュー』を売っている販売者さんたちは、自分たちにとってビジネスパートナーなんだ、というビッグイシュー日本代表の話を聞いて、すごくいいなと思いました。
というのは、ちょうどその頃、仕事で「日本型システム、終わってるな」と思うことが続いていたからです。
たとえば、あるテレビ番組の仕事でのこと。タレントさんが私の自宅スタジオまで来て、いろいろ注文を聞きながらたくさん料理をして、何時間もかかって撮影したんですが、その割にはびっくりするくらいギャラが少なかった。アシスタントへの支払いもあるし、ちょっとこれは……と思って抗議したら、担当者にこう言われました。「上司がこれしか出せないと言っています。バラエティーじゃなくてニュース番組の取材なので……」
また、あるお役所から頼まれた料理教室の仕事は、準備や食材の買い出しの分も含めたら、赤字になりかねないギャラでした。理由は「公共の催しだから」。
〈東京アンブレラ基金〉
「誰も路頭に迷わせない」東京をつくるため、9団体協働で緊急一時宿泊時の宿泊費拠出と横断的な調査をおこなう基金。2019年に設立。
〈一般社団法人つくろい東京ファンド〉
2014年6月、東京都内で生活困窮者の支援活動をおこなってきた複数の団体のメンバーが集まり設立。代表理事は、稲葉剛さん。
〈NPO法人POSSE〉
2006年に設立された、労働相談、労働法教育、調査活動、政策研究・提言を行うNPO法人。
ビッグイシュー
ビッグイシューは1991年にイギリスで始まった事業。雑誌『ビッグイシュー』を発行し、ホームレス状態の人々にその販売の仕事を提供している。販売者は雑誌を路上で売り、その売上げの約半分を収入として得られる。『ビッグイシュー日本版』は2003年から発行。枝元さんは、『ビッグイシュー』誌上で「ホームレス人生相談×枝元なほみの悩みに効く料理」というページを連載している。NPO法人ビッグイシュー基金の共同代表でもある。