「自然災害の世界評価報告書」によると、開発途上国が自然災害で被った損害額の年平均はGDPの1%と、高所得国(世界銀行による定義。1人当たりのGNI〈国民総所得〉が1万2695ドル〈2022年〉を超える国のこと)の10倍超。特にアジア太平洋地域では、開発途上国の損害額はGDPの1.6%と最大だ。温室効果ガスを排出する化石燃料は、主として先進国の産業や家庭で使われる電力、交通や輸送に関わるエネルギーなどに使われる。開発途上国の温室効果ガス排出量は先進国に比べて圧倒的に少ないものの、干ばつや洪水など甚大な被害に遭っている。
開発途上国の水と衛生を支援する国際NGOウォーターエイドは、世界の貧しい国のほとんどは気候変動への対応力が弱いこと、気候変動への対策には安全な水が必要だが、現状では開発途上国において水へのアクセスレベルが低いこと、気候変動への対応力が弱い国に対し、国際的な対策資金の分配が少ないことなどを報告している[*5]。災害はインフラの整っていない地域ほど被害が大きくなり、復旧までに時間がかかる。疫病の発生など2次災害を生むこともある。実際、パキスタン南部のシンド州では幹線道路が1カ月以上も冠水し、衛生環境が悪化。水たまりにボウフラ(蚊の幼虫)が発生し、マラリアなどの感染症が拡大している。
2015年に国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」のなかでは「安全な水とトイレを世界中に」は目標6、「気候変動に具体的な対策を」は目標13とされているが、この2つは双子の目標といっても過言ではない。目標6-1「2030年までに、すべての人々の、安全で安価な飲料水の普遍的かつ平等なアクセスを達成する」と、目標13-1「すべての国々において、気候関連災害や自然災害に対する強靭性(レジリエンス)及び適応性を強化する」は同時に達成する必要がある。だが、ウォーターエイドの報告によると、それぞれの政策がリンクせず、適切な資金配分や人材配置がなされない国もある。こうした状況を変えなければ、気候変動の影響を受け、命の危険にさらされる人が増えていくだろう。
猛暑や豪雨の根本的な問題を語らないメディア
パキスタンの洪水や欧州の熱波は対岸の火事ではない。日本も「自己破壊の連鎖」の渦中にある。2022年6月~8月までの平均気温は、1898年の統計開始以来、2番目に暑い夏だったと気象庁が発表した(1位は2010年)。東京では6月25日から9日連続で35度を超す猛暑日を記録し、観測史上最長だった。また、日本近海の平均海面水温は、平年より0.8度高く、2001年、2016年と並んで最も高くなった。平均海面水温の上昇は極端な雨の増加に繋がるとされる。7月15日からの大雨では宮城県を中心として河川氾濫や土砂災害が発生し、その後、日本各地で豪雨による被害が多発した。8月3日に発生した大雨は、山形県、新潟県、北陸地方などで甚大な被害をもたらした。その後、台風15号では静岡県で長期間断水が生じた。こうした豪雨災害は毎年のように日本各地を襲っている。気象庁「全国(アメダス)1時間降水量50mm以上の年間発生回数」を見ると、2012年~2021年の平均年間発生回数は、1976年~1985年平均の1.4倍に増加し、災害につながっている。
ところがメディアの報道では、猛暑や豪雨が地球温暖化と結び付けて報道されることは少ない。「記録的な暑さ」「危険な暑さ」に対し「熱中症対策」「適度なエアコン利用」を呼びかけたり、「雨が強まる前の避難」「事前のハザードマップの確認」などを周知したりするが、こうなった原因が伝えられるのは特別番組などに限定されている。
メディアは気候変動について説明し、どんな対策ができるのか実践的なことを広く伝え、リテラシー向上に努めるべきだ。気候変動には「緩和」と「適応」の2つの対策がある。「緩和」は根本的な原因の解決につながること。再生可能エネルギーの導入や省エネルギー対策による温室効果ガスの排出削減、森林等の吸収源の増加などによって温室効果ガスの排出を抑制し、気候変動を食い止める。後者の「適応」は応急処置。自然や人間社会の在り方を調整し、被害を最小限に食い止める。メディアが伝えているのは多くの場合、後者の適応策に留まっている。
食料問題と気候変動のつながり
メディアで水問題といえば、洪水や干ばつなどに留まり、水が食料やエネルギーとの関係で語られることは少ない。だが、気候危機による食料問題は今後、日本に大きな影響を与えるだろう。2020年6月、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は世界に向けて「何億人もの子どもと大人に長期的な影響を与える世界的な食料危機が差し迫っている」というメッセージを発信した。国連のレポート「世界の食料安全保障と栄養の現状」[*6]によると、2021年に飢餓に陥った人は世界で約8億2800万人で、アフリカでは5人に1人が該当する。飢餓には「突発的な飢饉」と「慢性的な飢餓」があり、「突発的な飢饉」は干ばつ、洪水といった自然災害、紛争などによって発生する。アフリカ東部では蝗害(こうがい)も重なった。2019年10月から12月までの降雨量が過去40年間で最多となり、高温と大雨によりサバクトビバッタが大量に発生して農作物や牧草を食い荒らした。インド洋西部の海水温度が上昇したことも原因だと考えられている。