犬と飼い主は本当に似ているか?
ディズニーアニメの『101匹わんちゃん』は、主人公の犬がアパートの2階の窓から向かい側の歩道を眺めているシーンから始まる。歩道を通りかかる犬と飼い主は、どれもこれも大変よく似たペアである。確かに、世間を見渡せばよく似た犬と飼い主のペアは少なくない。では一般的にいって、犬と飼い主は似ているのだろうか? よく似たペアのように目立つものは注意を引きやすいし、記憶に残りやすいので、そうした事例がもっぱら一般化されているのかもしれない。つまり、犬と飼い主が本当に似ているのではなく、似ていると思い込んでいるだけなのかもしれない。また、人間はいちど先入観を持つとそれに合致した事例を探し、そうでない事例を無視しやすい(これを心理学では「確証バイアス」という)。だから、「犬と飼い主は似ている」という先入観が強められる事例だけを覚えているのかもしれない。
2004年の冬、新しく届いた心理学雑誌を眺めていると、ある論文が筆者の目にとまった。それはアメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校の心理学者クリステンフェルド教授らが発表したもので、45組の犬と飼い主の顔写真を正しく組み合わせるテストを、28人の学生に行った研究である。学生たちは写真に写った犬とその飼い主を、それまで見たことがなかったにもかかわらず、偶然以上に正しく組み合わせることができた。ただし、これは純血種の場合だけで、雑種の犬では飼い主と正しく組み合わせることができなかった。
しかし、筆者にはこの実験はテスト方法に少し問題があるように思えた。また、用いた写真がどのように撮影されたのか、似た犬と飼い主の写真だけを使ってテストしたのではないか、といった疑念を抱いた。
ところが、その翌年に同趣旨の研究が動物行動学の専門誌に掲載された。ベネズエラにあるシモン・ボリバル大学のジャッフェ教授らによるもので、前年に発表されたクリステンフェルド教授らの研究とは別に独立して、つまり、お互いの研究をまったく知らずに行われたものである。この研究のテストは方法論的に問題がないものであったが、やはり用いた写真が気になる。論文に掲載された写真を見ると飼い主の人種も性別もまちまちである。白人が好む犬とか、女性が飼いそうな犬とか、そういったことで判断しているから当たるのではないか?
自分と似たものを選ぶ飼い主の心理
疑念ばかり抱いていても仕方がない。そこで、知り合いの愛犬団体の責任者に依頼して、その団体のイベントで犬と飼い主の顔写真を撮影させてもらうことにした。被写体の選択に偏りが出ないように、撮影隊が出会ったすべての飼い主と犬を撮影し、50組の顔写真を手に入れた。その中で雑種の犬や正面を向いていない写真を除くと40組になった。これを5組ずつ8セットに分け、それぞれのセットごとに、犬と飼い主とを正しく組み合わせることができるか、70人の学生にテストしてみた。これは、ジャッフェ教授らのテスト方法をまねたものである。その結果、驚いたことに正答率は偶然以上だった。ただし、それまでの研究と同じく正答率はそれほど高いものではなかった。また、よく考えてみると、「似ている」というのと「正しく組み合わせることができる」というのは少し違う。そこで、新しいテスト方法を考案した。40組の写真を二つに分け、一方は犬と飼い主の本当のペアからなる20組のグループ、もう一方は犬と飼い主のペアをわざと入れ替えた20組のグループとした。2グループを並べて印刷したテスト用紙を学生に配布し、「犬と飼い主がよく似たペアのグループはどちらか」とたずねたところ、187人中124人(66%)の学生が本当のペアのグループを選択した。これは偶然レベル(50%)よりもかなり高い割合であり、筆者の予想を上回るものだった。これらの研究成果は、2009年に人と動物の関係を扱うイギリスの専門誌『Anthrozoos』に掲載された。
なお、筆者らの研究の被写体となった飼い主は全員日本人だったので、特定の人種が特定の犬種を好むというわけではない。また、飼い主の性別によって好きな犬種があるといった単純な理由では、新しいテスト方法での結果は説明できない。飼い犬を入れ替えた20組の写真グループでは、男性飼い主の犬は他の男性飼い主の犬と、女性飼い主の犬は他の女性飼い主の犬と、それぞれ入れ替えていたからである。
カリフォルニア大学のクリステンフェルド教授らの論文では、被写体の犬の飼育年数は正答率と関係なかったと記されている。筆者らの研究でも、やはり飼育年数と正答率には関係が見られなかった。このことは、犬と飼い主は「飼っているうちに似てくる」のではなく、飼い主が「似ている犬を選んで飼っている」ことを示唆している。飼っているうちに似てくるならば、飼育年数が長いペアの写真ほど正答率が高いはずだからである。
人はなじみのものを好きになる(これを心理学では「単純接触効果」という)から、見慣れた顔は好ましく感じる。多くの人にとって最も見慣れた顔は自分の顔である。そのため、犬を飼う際にも、自分の顔とよく似た顔の犬を選ぶのではないか、というのが現在のところ最も有力な仮説である。もちろん、この仮説の妥当性はまだまだ検証の余地があるし、飼っているうちに似てくる可能性が完全に棄却されているわけではない。
なお、犬以外のペットについては、飼い主の顔と似ているとの学術論文はまだない。ただし、ウィーン大学のスティーガー博士らが2014年に発表した研究では、ヘッドライトを目、ラジエーターグリルを口に見立てた車の正面写真と、その所有者の顔は似ているとのことである。したがって、顔が似ているのは犬と飼い主だけに限ったことではないと思われる。
顔のどこが似ているか、決め手は「目」
『愛すれば、そっくり』(ワック、2002年)という写真集がある。飼い主とその愛犬のツーショット写真を撮影したものだ。著者の福田文昭氏はその序文で「犬と飼い主は自然と『目つき』が似てくる」と述べている。「似てくる」という点については疑問だが、顔の中でも目が重要だというのは正鵠(せいこく)を射ているかもしれない。そこで、先述のテスト方法を少し発展させてこの点を調べてみた。具体的には、犬と飼い主の顔写真の一部を隠すという操作を加えてみた。その結果、飼い主や犬の顔を全く隠さない場合や飼い主の口だけ隠した場合は、7~8割の学生が本当のペアのグループを選択した。一方、飼い主や犬の目だけを隠した場合、本当のペアを選んだ学生は約5割と偶然レベルの選択率だった。飼い主と犬の目だけの写真でも約7割の学生が本当のペアのグループを選んだ。
つまり、目がきめ手なのだ。念のため学生以外の人たちを対象に、目だけの条件でテストしてみることにした。その結果、やはり学生のときとほぼ同じ値(約7割)だった。
犬や飼い主の目を隠すと偶然レベルの選択率になるということは、目の部分以外の情報はこのテストでは重要でないということを意味している。たとえば「スポーツマン風の男性はこういう犬種が好きだろう」といったような固定概念によって、正しい犬と飼い主を当てたわけではない。
犬と飼い主は性格も似ているか
『シャーロック・ホームズの事件簿』所収の「這う男」事件で、名探偵ホームズは「うるさい人はうるさい犬を、物騒な人は物騒な犬を飼っている」と盟友ワトソンに語る。犬と飼い主は顔だけでなく性格も似ているのだろうか。攻撃性については、過去にいくつかの研究で飼い主との類似性が報告されている。つまり、攻撃的な人は攻撃的な犬を飼っているわけである。