荻田 村上さんの場合はチームプレーが多いから、人の内面に敏感ですよね。村上さんはチームの中にいると、古い言い方かもしれないけど、「お母さん」的な立場に立つ人です。私はどちらかというと、強引なタイプの「お父さん」というか、空気や人の心情をあまり読まずにグイグイ、「太郎、ほら行くぞ」となりがち。そういうときに「お母さん」は、「まあまあ、太郎が嫌そうにしているでしょ、後にすれば」、とか言って間に入って調停してくれる。
村上 そういえば、宇宙ステーションに半年滞在したクルーの口から、「宇宙には『お母さん』がいない」という言葉を聞いたことがあります。これは僕の「これから」にもかかわるんですが、性別とは関係なく「お母さん」的な役割を果たす人、調停役が、今後の宇宙には必要なのだろうと思いますね。
「SHIRASE EXP.」
村上 2018年、フィールドアシスタントというNPO法人を立ち上げました。そこで掲げるテーマの一つは「極地から学ぶ、宇宙から考える」。宇宙を考えるのではありません。宇宙に行ったときに、宇宙から地球を振り返って、地球の暮らしの価値を考える。
そのために目下、模擬火星実験ができる場を日本に作ろうとしています。ただ、日本には、広大で人に絶対会わずに済む場所がなかなかない。宇宙服を着て外に出たら、すぐに写メとられちゃうから実験にならない(笑)。
さてどうしようと考えていて、はたと気づいたのが、南極観測船「しらせ」です。08年に引退した先代「しらせ」は、現在は元南極観測船「SHIRASE 5002」という名前に変わり、ウェザーニューズの作ったWNI気象文化創造センターという財団が管理していて、千葉県船橋市に係留されています。この船を借りて、地球から火星に向かう宇宙船に見立て、4人のクルーが入って数週間生活するという、実験プロジェクト「SHIRASE EXP.」を19年2月から始めます。
村上 まずは、クラウドファンディングで資金を募りつつ、模擬宇宙船として使えるかどうかを検証し、人員の選考などを経て21~22年に4回ミッションを行う予定です。
現代の僕らの生活では、日々の情報が多くなりすぎて、つながりが増えすぎて、すべてが便利になったかわりにいろんなものが見えにくくなっている。
だからこそ、物や情報が厳しく制限された中でシンプルに生きることに、なにがしかの答えがあるんじゃないか。僕らが大事と思っているものが、実はそうでもないかもしれない、あるいは逆に、僕らが当たり前だと思っていることがどれほど貴重かがわかるかもしれない。
また、固定されていて濃密な人間関係を円滑に保ち、並行してミッションを完遂するために、クルーに求められる資質は何か。今回の生活実験にどうしても耐えられなくなる一線とは何だろうか。そんなことが見えてくるかもしれないと考えています。
南極観測隊
正式名称は「南極地域観測隊」。南極圏の東オングル島に位置する昭和基地(国立極地研究所所管)を主な拠点として、天文学、地質学、生物学上の観測、調査などを行う。1年以上を南極で過ごす冬隊(越冬隊)と、夏季のみを過ごして帰還する夏隊がある。1956年に予備隊(第1次隊)が派遣された。2019年2月時点では第60次隊が南極で活動中。
昭和基地
南極大陸から4キロほど離れた東オングル島に建てられた、国立極地研究所所管の観測基地。1957年、第1次南極観測隊によって建設された。大小50以上の建物で構成されている。
アムンゼン・スコット基地
1957年に南極点付近に建設されたアメリカの観測施設。2007年からは、建物全体をジャッキで持ち上げる高床式構造となっている。名称は、1900年代初頭に南極点への初到達に挑戦した探検家、ロアルド・アムンゼン(1872~1928、ノルウェー)と、ロバート・F・スコット(1868~1912、イギリス)に由来する。
マナスル
ヒマラヤ山脈に属する、ネパールの山岳。標高8163メートル(世界8位)。日本は1952年から調査隊を派遣し、1956年5月、第3次日本マナスル登山隊(槇有恒隊長)の今西寿雄らが初登頂に成功。日本人として初の 8000メートル峰登頂となった。
『南極物語』
1983年に公開された日本映画。蔵原惟繕監督、高倉健主演。第1次南極観測隊の体験談をもとに、昭和基地に取り残された樺太犬「タロ」と「ジロ」の姿を描き、大ヒットした。
大場満郎
1953年生まれ。83年、南米アマゾン川の源流から6000キロをいかだで下る。86年、北磁極を単独踏破。94年から北極海単独徒歩横断に挑戦し、97年、4度目の挑戦で、世界初の北極海単独徒歩横断に成功。99年には南極大陸単独徒歩横断に挑戦し、成功。世界で初めて南北両極の単独徒歩横断に成功した。2000年、植村直己冒険賞受賞。著書に『南極大陸単独横断行』(2001年、講談社)など。
南極観測船「しらせ」
1983年から2008年にかけ、第25~49次隊を南極に運んだ南極観測船。南極観測船としては「宗谷」(1956~62年)、「ふじ」(65~83年)に続く三代目。2009年からは新しい「しらせ」が運航している。