アスリートにとって、五輪の意味とは
溝口 フランスでは、オリンピズムも徹底していました。北京五輪(2008年)の時、中国政府によるチベット弾圧に向かって、女子柔道ナショナルチームの選手たちが声をあげたんです。今もウイグル問題がありますが、彼女たちは中国の対少数民族政策への関心が高かったのです。『レキップ』というフランスの有名スポーツ紙に、フレデリック・ジョシネ、ジブリズ・エマンヌ、リュシ・デコス、こういった世界チャンピオンクラスの女子柔道選手が、みんな中国人の人権活動家の写真を持って解放を訴えたんです。それも五輪前にですよ。
彼女たちはコーチ時代の教え子だったので、私はメールで連絡して、「こんなことしたらもう試合に出られなくなって、北京へ行っても何されるからわからない。首を突っ込んじゃダメだ」と伝えたんです。そうしたら、ジョシネが「ノリコ、何を言っているの。オリンピックは他の大会と違うんだよ」と。ジョシネはアテネ五輪の銀メダリストでフランスの顔でした。その彼女に「むしろオリンピアンだからこそ、差別問題をしっかり訴えなきゃいけない。勝つためだけにオリンピックに行く選手なんて三流の選手だ。アスリートがこういう時にメッセージを発信できるからオリンピックには意味があるんだ」と言われたんです。「オリンピズムを体現できるのは私たちオリンピアンしかいない」とも。
その人権意識にはもう腰を抜かして、「あ、そうだね」としか言えなかったんです。ただもう一方で見ると、彼女たちの発言もフランス政府の見解に追随する形とも言えるわけで、政治的と捉えられれば政治的なんですよね。とは言え、フランス政府にも平気でモノを言う彼女たちですから、政府の代弁者になるつもりはなく、本当に純粋にオリンピズムからの発信なのだと思います。ちなみにジョシネは谷亮子氏のライバルでしたが、引退後、フランスサッカー協会の女子強化委員長に就任、現在は柔道連盟の副会長で強化委員長(男女)をしています。
――人道や人権に関することは政治ではない、という流れにスポーツ界もなってきましたね。
溝口 そうですね。今、そういった発言についてしっかりと実行できている日本人選手は、大坂なおみ選手だけではないでしょうか。
*「後編:スポーツに政治が介入したとき、アスリートにできること」に続く
女性蔑視発言
2021年2月3日のJOC(日本オリンピック委員会)臨時評議員会における「女性は競争意識が強い」「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」「女性の理事を増やしていく場合は、発言時間をある程度、規制をしないとなかなか終わらない」「組織委員会に女性は7人くらいおりますが、みなさん、わきまえておられて」などの発言。