第13回: 1986年メキシコ大会(開催期間1986年5月31日~6月29日)
出場国・地域: 24
予選参加国・地域:121 出場枠 欧州13.5(+前回優勝国イタリア)、南米4、北中米カリブ1(+開催国メキシコ)、アジア2、アフリカ2、オセアニア0.5(オセアニア予選にはイスラエル、台湾を含む)
欧州: イタリア、イングランド、北アイルランド、スコットランド、スペイン、ソ連、デンマーク、西ドイツ 、ハンガリー、フランス、ブルガリア、ベルギー、ポーランド、ポルトガル
南米:アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ブラジル
北中米カリブ:カナダ、 メキシコ
アジア:イラク、韓国
アフリカ:アルジェリア、モロッコ
優勝国:アルゼンチン
得点王:ゲーリー・リネカー(イングランド)6得点
優秀選手:ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)、ハラルト・シューマッハー(西ドイツ)、プレーベン・エルケーア・ラルセン(デンマーク)
決勝:1986年6月29日(アステカ)アルゼンチン3-2西ドイツ
グループリーグ表 (勝ち点:勝ち2、分け1、負け0。各グループ1位と2位、3位になったチームのうち上位4チームが決勝トーナメント進出)

決勝トーナメント

*第13回目の開催国はメキシコ。当初はコロンビアでの開催が決まっていたが政情、経済ともに不安定なため政府自らFIFAに辞退を伝えた。代替地にはメキシコ、アメリカ、カナダが立候補。1970年大会の成功の実績があり、スタジアムなどの施設も整っているメキシコに決定し、メキシコは大会史上初の2度目の開催国となった。
*1970年のメキシコ大会では「アステカの死闘」と呼ばれる準決勝でのイタリア対西ドイツの試合が名勝負として歴史に刻まれたが、今大会でも名勝負が準々決勝で生まれた。ブラジルとフランスの試合である。ブラジルはのちにJリーグ柏レイソルでもプレーするカレカのゴールで先制、フランスも負けじと、「将軍」と呼ばれチームの顔となっていたミシェル・プラティニが同点ゴール。ブラジルは後半PKを獲得して勝ち越しのチャンスを得るがこれをジーコが外してしまう。そのまま延長戦も得点なくPK戦へ突入。PK戦ではジーコが決めるが、プラティニは外してしまう。しかし、フランスのGKジョエル・バツの好セーブもあり、フランスが勝利を収めた。
フランス戦でのジーコ(左)。今大会が最後のワールドカップとなった(写真:Juha Tamminen/アフロ)
*大会のハイライトとなったのが、こちらも準々決勝のアルゼンチン対イングランドの試合だ。アルゼンチンのディエゴ・マラドーナによる疑惑と伝説の2ゴールが生まれる。
前半0-0で終え、迎えた後半6分、ペナルティエリア内に浮いたボールに対してイングランドGKピーター・シルトンが飛び出してパンチングするより前に、マラドーナがヘディングでゴールに押し込んだように見えたが、スロー映像で見ると左手で押し込んでいる。のちにマラドーナ自身が「神の手によるゴール」と語った。イングランドの選手は主審に猛抗議するもアルゼンチンの先制ゴールが認められた。
「神の手」ゴールの瞬間(写真:アフロ)
そのわずか3分後には、マラドーナがハーフウェイライン(中央の線)付近から左足でドリブルを仕掛け、イングランドの選手4人を次々と抜き去り、最後には飛び出したGKシルトンもかわしてのゴール。大会史に残る「5人抜き」ゴールを決めた。この2得点によりアルゼンチンがイングランドに勝利した。
50メートル独走、左足のみのドリブルで「5人抜きゴール」を決めた(写真:Juha Tamminen/アフロ)
*グループDのスペイン対アルジェリアの試合で日本人として初めて髙田静夫が主審を務めた。これまで日本人がワールドカップの舞台に立ったのは、1970年の同じくメキシコ大会で2試合の副審を務めた丸山義行のみだった。
日本人として初めてワールドカップで笛を吹いた髙田静夫(写真:AP/アフロ)
*優勝はアルゼンチン。準々決勝のイングランド戦に続き、準決勝のベルギー戦でも2得点を挙げたマラドーナ。決勝の西ドイツ戦では激しいマークにあい得点こそ奪えなかったものの、周りの選手を生かして攻撃の起点となり、2度目のワールドカップ優勝に貢献した。「マラドーナによるマラドーナの大会」とも言われるが、監督カルロス・ピラルドが守備を重視しながら、マラドーナを活かす布陣を組んだことが功を奏した。

86年メキシコ大会で世界的スーパースターになったマラドーナ(写真:Colorsport/アフロ)