第15回: 1994年アメリカ大会(開催期間1994年6月17日~7月17日)
出場国・地域:24
(予選参加国・地域:147か国 出場枠 欧州12(+前回優勝国ドイツ(西ドイツ))、南米3.5、北中米カリブ1(+開催国アメリカ)、アジア2、アフリカ3、オセアニア0.5(オセアニア予選にはイスラエルを含む)
欧州:アイルランド、イタリア、オランダ 、ギリシャ、スイス、スウェーデン、スペイン、ドイツ、ノルウェー、ブルガリア、ベルギー、ルーマニア、ロシア
南米:アルゼンチン、コロンビア、ブラジル、ボリビア
北中米カリブ:アメリカ、メキシコ
アジア:韓国、サウジアラビア
アフリカ:カメルーン、ナイジェリア、モロッコ
優勝国:ブラジル
得点王:オレグ・サレンコ(ロシア)、フリスト・ストイチコフ(ブルガリア)、6得点
優秀選手:ロマーリオ(ブラジル)、ロベルト・バッジョ(イタリア)、フリスト・ストイチコフ(ブルガリア)、優秀GK(94年より創設、旧ソ連のGKレフ・ヤシンの名を冠した「ヤシン賞」とした)ミシェル・プロドーム(ベルギー)
決勝:1994年7月17日(ロサンゼルス)ブラジル0-0イタリア(延長0-0、PK戦3-2)
グループリーグ表 (勝ち点:勝ち3、分け1、負け0。各グループ1位と2位、3位になったチームのうち上位4チームが決勝トーナメント進出。今大会より勝利の勝ち点が3になった)

決勝トーナメント

*第15回の開催地はアメリカ。アメリカではサッカーはあまりメジャーなスポーツではなかったが、1984年に行われたロサンゼルスオリンピックでサッカーの観客数が最も多かったことから今後人気になり得るとして開催された。
*今大会も日本代表の出場はなかったが、これまでで最も出場に近かったといえる。アジア予選最終戦でイラク代表に後半ロスタイム残り数秒で同点ゴールを決められ、あと一歩で出場を逃した。この試合はのちに「ドーハの悲劇」と呼ばれる。
アジア予選を勝ち抜いたのは韓国とサウジアラビア。韓国はグループリーグ突破はならずも、スペインと引き分けるなど善戦し、サウジアラビアは今大会でワールドカップ初勝利とグループリーグ突破を決めて次回大会のアジア枠の拡大に貢献した。
*グループリーグ最終戦、ロシア対カメルーンの試合で2つの大会記録が更新された。ロシアのストライカー、オレグ・サレンコが5得点を挙げ1試合最多得点記録を更新。この試合の後半から出場したカメルーンのロジェ・ミラが1点を返し、42歳での得点で大会最年長記録を更新した。
カメルーンのミラ(左)とロシアのサレンコ(右)(写真:PressAssociation/アフロ)
*アルゼンチンはディエゴ・マラドーナが薬物使用により大会期間中に追放され、決勝トーナメントに進出するも初戦で敗退。コロンビアはカルロス・バルデラマなどスターぞろいで国内の期待が高かったがグループリーグ敗退。第2戦でオウンゴールをしたアンドレス・エスコバルが帰国後銃殺されるという暗い出来事が起こった大会として記憶される。
エスコバル(享年27)。当時は「自殺点」と呼ばれていたがこの事件がきっかけで「オウンゴール」に改称された(写真:ロイター/アフロ)
*優勝はブラジル。エースのロマーリオの決定力、のちにジュビロ磐田で活躍する「闘将」ドゥンガの統率力で、苦しみながらも4度目の優勝を飾った。
決勝はイタリアとの激闘だった。両チームともに無得点のまま延長でも決着が着かず、決勝では初となるPK戦に持ち込まれた。今大会で存在感を示していたイタリアのロベルト・バッジョのキックがバーを越えて試合終了した。
決勝はブラジル対イタリア。勝利に喜ぶブラジル代表と、PKを失敗し肩を落とすバッジョ(中央)(写真:ロイター/アフロ)
*過去最高の収益と観客動員数を記録した。しかし商業面での利益を優先した試合時間(欧州のテレビ中継の時間に合わせたため酷暑のなかでの試合を強いられるなど)、また広大なアメリカのあちこちに会場を置いたため試合ごとに長距離移動をしなければならないなど、選手への配慮が欠けた大会とも言われる。

左から、マジーニョ、ベベット、ロマーリオ(準々決勝オランダ戦)。この、チームメイトに生まれた子供を祝福する「ゆりかごダンス」は今大会後世界中で得点後のパフォーマンスのひとつとして定着する。このときはベベットに子供が生まれたことを祝った(写真:L’EQUIPE/アフロ)

4度目の優勝という偉業を達成したブラジルだが、守備的な試合内容に国内の評価は低かった(写真:アフロ)