ミゲル、オルランドが部屋を一つ一つ案内してくれる。メルセデスの部屋には植物図鑑があり、夫婦の寝室には夫婦で使用していたという杖があり、僕もそろそろ必要になってきた道具でもあるため、重さや使い心地を試してみたりした。クローゼットのメルセデスの衣服は、ワユーのドレスやアラブ風のローブが多かった。ガボの書斎の本棚はある程度整理されてしまったであろうが、トニ・モリスンのサイン入り本や、僕も持っているマリア・モリネール編の辞書などが目についた。
記念館になっているといっても、僕たちは特別扱いされたのだろう、手に届くところにあるものに触れることが許された。カリブ海沿岸地方の寛容さか。あるいは死生観が違うのか、まるで生きている身内のもののように扱う。ガルシア=マルケスに関する生き字引のようなオルランドが書斎を丁寧に案内してくれる。クラシック・レコードのほかにビートルズのレコードはあるのかどうか聞いたら、メキシコの家にあると思う、と言われた。

ガルシア=マルケスの書斎の本棚 撮影:篠田有史
時間をたっぷりかけて邸宅内を案内されたのち、オルランドがインタビューをやりますよと言うと、書斎のソファで待機していた学生たちが、待ってましたとばかりに設営を始め、これも予告なく(もしかすると僕が聞き逃していただけかもしれないが)撮影が始まった。インタビューが終わったあと、ミゲルかオルランドが「お帰りになる前に、せっかくだから皆でテラスに出てサンセットを見ませんか?」と言う。なんという幸せな時間の共有だろうか。あたりはゆっくりと暗くなり、いとまを告げる時刻になった。最後に半地下のプライベート上映室に降りた。今は使われていないだろうと思われる籐の台の上に大きなトレイが載っている。きっとここにも客人を招いていたにちがいない。大方の創作活動を終え、好きな人たちと人生の褒美時間を過ごした家なのだ。

テラスから海の夕日を眺める 撮影:篠田有史
「あなたの幸せを願っている」カリブの人たちが電話を切るときに口にする独特な言葉だという。「じゃあね、また」というくらいのシーンだと少し大げさに聞こえるが、今いる人間、生きている者、死んだ者も含めて一堂に会することができたならば、別れるときはまさにこの言葉がぴったりだと思った。
連載「黄色い蝶に導かれて 2025年ガルシア=マルケスの土地を訪ねる旅」
●目次
第1回 ボゴタ
第2回 シパキラ
第3回 バランキージャ
第4回 アラカタカ
第5回 リオアチャ
第6回 カルタヘナ・デ・インディアス
第7回 メキシコシティふたたび 2/20公開