本来の「粕取(かすとり)焼酎」は日本酒の酒粕に残ったアルコールを蒸留して作った焼酎のことだが、終戦直後の「カストリ」は商品価値の低いクズ米や安価な芋、麦などを原料として急造された粗雑な密造酒を指す。闇市の露店などで客に提供された。
戦争が終わって本当に間もなくの頃はカストリさえなく、代わりに燃料用アルコールを水で薄めた「バクダン」というものが出回っていた。アルコールなので酔うことはできるが、人体に有害なメチルアルコールが入っていることもあり、失明したり、死亡したりする人が少なくなかった
作家の坂口安吾は「カストリ焼酎は鼻につく匂ひがあつて飲みにくいけれども、酔へる。それに金も安く、メチルの方も安全だ」と書いている(「ちかごろの酒の話」)。
同時期に、「カストリ雑誌」と称される粗製乱造の大衆娯楽雑誌が無数に現れた。形式は四六倍判(B5判に近い)で40ページほど。定価は30~40円が多い。仙花紙と呼ばれる粗悪な紙に印刷されている。
その主流は、エロとグロテスクを売り物にするもの。『セップン』『寝室』『肉体の誘惑』『猟奇草紙』『奇譚クラブ』『犯罪実話』『変態集団』といったタイトルで、表紙はたいてい半裸の女性の絵。内容は「新版・好色一代男」「接吻さまざま」「山に棲むヴエヌス」「閨房雑談」といった具合である。
山本明『カストリ雑誌研究』(中公文庫、1998年)によれば、狭義の「カストリ雑誌」はこうしたエロ雑誌を指すが、広義には終戦から1949年までの時期に粗悪な紙で発行された大衆娯楽雑誌全般を指す。たとえば『旋風』『バクロ』『政界ジープ』など、政界、財界の裏面や戦争の実態などを暴露する「バクロ雑誌」と呼ばれるものがある。共産党系の『真相』もあり、「決定版敗戦大疑獄の全貌」などといった特集を組んでいる。江戸川乱歩などが執筆していた『仮面』のような探偵小説雑誌もあった。
これらの雑誌が「カストリ雑誌」と呼ばれるゆえんは、粗悪な内容を粗悪な紙(仙花紙)に印刷しているからとも、「3合でつぶれる(酔う)カストリ」と「創刊しても3号で潰れる雑誌」を掛けたとも言われる。
発行者、編集者の多くは素人で、執筆者も素人が多かったが、永井荷風のような有名な作家や後に知られる作家たちも匿名で書いて生計の足しにしていた。柴田錬三郎などもその一人である。