その男はそのまま改札に入っていくから、思い切って「ぶつからないでください!」って言ったんですよ。そうしたら、その男性、メッチャ私に向かって怒ってて。
雨宮 こわーい。
北原 何で怒るの? 謝りもせず。
田房 その人、改札に入りながら、すごい怒った顔で私の方を見て「コノヤロー」みたいな感じで……たぶん「バカ」とか「ブス」とか罵声だと思うんですけど、私に向かって何か言って。私はそれが聞き取れないんだけど、その人の顔を見ながら改札の外側を歩いてて……。人混みの中、二人とも相手を探して見つめ合いながら歩いてる、っていう動きだけはトレンディードラマみたいな感じ。最終的に雑踏の中で、その人は「アーッ!!」て、映画の『プラトーン』のように天を仰いで反り返って、叫んだんですよ。
雨宮 何の叫び? それ。
北原 年は何歳ぐらいですか。
田房 私と同じぐらいですね、たぶん。身なりはきちんとした富裕層な感じの男性でした。反り返って叫んでいる姿を見た時に、「ぶつかられるかも」といつも恐怖心を持って歩いている私より、この人が感じてるストレスの方が5000倍ぐらい大きいんだなと感じたんですよね。ヤバいんだな、っていうか。
北原 ヤバいよ、相当。
田房 見知らぬ女へのタックルで、自分の抱えてるストレスを解消できるわけがない! 自分のストレスに対して、もうちょっと真面目に取り組んでほしいです。
雨宮 この前、斉藤章佳さんという精神保健福祉士の方が書いた『男が痴漢になる理由』っていう本を読んだら、まさにそれでした。痴漢は、ストレスを感じている男性が、満員電車の中で自分より圧倒的に力の弱い女性を支配するっていうか、攻撃するっていうか、むしゃくしゃした気持ちを弱くて抵抗しない人にぶつけたいっていう気持ちからやってしまうんだって書いてありました。
そういう支配欲の他にも、一週間頑張ったから自分へのご褒美に痴漢をしようみたいな人とか、ノルマ型みたいに今月の目標人数に達してないから、あと一人触らなきゃみたいな人もいるとか。
わざとぶつかる人も痴漢も、結局自分の気持ちやストレスを言語化しないのが原因なんじゃないですか。言語化したら何とか解決できるのに、何で(そういう男性は)できないんですかね。
北原 それは日本の男の何割なのかが、すごく気になる。だって、雨宮さんはぶつかられたことある?
雨宮 あるある、もちろんある。
北原 でしょう? 痴漢に遭ったことないとか、ぶつかられたことがない女の人って私の周りでは1割強ぐらいの割合だと思うのね。ということは、9割の女が電車とか駅、公共の施設とか空間で、見知らぬ男からの攻撃――それって別にぶつかられることだけじゃなくて、通りすがりに「ブス」とか「ババア」とか言われてストレスを吐き出されたり、性的なからかいを受けたり、一日イヤな気持ちになるようなことをされている。もうこれは、女にとってはテロじゃん! で、思うのは、ではいったい男の何割が加害者なってしまっているの? ということ。女性たちは(痴漢やわざとぶつかるといった行動を)やってもいい存在だと思われている。こんな社会に生きてたら、「フェミニスト」になりたくなくても、なっちゃいますよ。
最近のセクハラ案件についてどう思う?
雨宮 最近、財務省の福田事務次官やTOKIO山口達也メンバーの問題、自民党の加藤とかいう議員が「必ず3人以上の子どもを産み育てろ。結婚しなくて子どももいなかったら、人様の子どもの税金で老人ホームに入ることになるんだぞ」という発言をしたり――いろんなセクハラ案件があるじゃないですか? その中で、私が微妙に気になってるのが、文科大臣が通っていた〈セクシー個室ヨガ〉!
北原 私も気になってる。
雨宮 あれを見てね、思い出したのが、田房さんの書いた本『男しか行けない場所に女が行ってきました』に出てきたセクシー〈密着型理髪店〉なんです。あの〈セクシー個室ヨガ〉は、経営者の人が元AV女優ではないかとか一部で報道された。それに対して、「元グラビア(アイドル)だし、そう報道されること自体がセクハラで職業差別だ」って経営者の女性が反論していたじゃないですか。
でも一方で、自分たちの美を商品として売り出している感じもビンビンにしていて、ああいう綺麗な女性からそうされてしまうと、何て言えばいいんだろう? ……と思いました。
田房 私が取材した〈密着型理髪店〉はもう、なくなってしまったんです。ミニスカート穿いて長い髪を垂らして、細い眼鏡かけた女教師みたいな格好をしてる女性が理髪店にいる。とにかく理髪店としておかしい風景なんですよ。
雨宮 おかしいよね、明らかに。
田房 衝立があって、でっかい鏡があって。髪を洗ったりとか、切ったりする時に、ミニスカート姿がチラチラ見えたり、おっぱいがお客さんにくっつきそうな感じになったりする。私、その当時、いろんなフーゾク店に取材に行っていたのですが、そういう話を男の友達とか知り合いの人に話すと、この〈密着型理髪店〉はみんなすごく食いついてきて、「メッチャ行きたい」って言うんですよ。
そこは、ただ世間話をするカウンセリングコースというのもあって、1000円で10分とか、お店の一角で話をするんです。カントリーマアムというお菓子やQoo(クー)っていう子どもの好きなジュースが出てくる。
雨宮 切ないですよね。というか、みんな茶番じゃないですか。「いや、髪切ってるだけですよ」っていう体裁で、性的な何かを期待するわけでしょう。で、田房さんがこの本で書いているように、男性はみんなキョトンとした顔してやってくる!
田房 そう! 「ここ、普通の理髪店ですよね、あれっ、あれっ」みたいな感じを装いながら、ひっきりなしにお客がやってくる。
雨宮 確信犯なのにね。男ばっかりでしょう?
田房 そう。
「オトナの保健室」コーナーの漫画
朝日新聞夕刊2018年4月17日「オトナの保健室」掲載。
「言っても言っても全然ワカンナイ人たちって 女の人は『女である』という点しか価値がないと思って」いる。そんなオジサンたちは、「女のことは人間と思ってない」ばかりでなく、「実は彼ら自身が自分のことを人間扱いしてない」「性別とか年齢とかの『入れ物』に沿って生きる、それが人生だと思ってる」と、田房さんは分析した。

『男しか行けない場所に女が行ってきました』
田房永子著。2015年 イースト・プレス刊

『男が痴漢になる理由』
斉藤章佳著。2017年 イースト・プレス刊

『日本のフェミニズム』
責任編集 北原みのり。2018年 河出書房新社
