かかわりたくはないが」(2019年12月19日、[9])
その理由も高齢者やコロナ感染症の問題と同じ、「カネの無駄」ということのようだ。それがうかがわれる2016年のツイートを紹介しよう。
「議員定数を若干減らすよりも、尊厳死法とか安楽死法を通した方が財政は持ち直すと思うけど。」(2016年2月21日、[10])
もちろん、ツイッターが人の本当の考えだけを書くツールだ、と言うつもりはない。自分で設定したキャラにあわせて、1万人ものフォロワーの期待にこたえてあえて過激なことや挑発的なことを書いていただけかもしれない。しかし、医師Bはこういったツイートを続ける途中で、ALSの患者からの依頼を受け、その人の胃ろう(栄養を直接、注入するために腹部から胃に開けた穴)から薬物を入れて死に至らしめたのだと報じられている。それを思うと、これらのツイートを「まったく心にもなかった言葉の創作」と考えるのは無理があろう。また、ほかにALSの患者や関係者を揶揄するように「ALSご一行さま」と表現するツイートもあり(2020年3月26日、[11])、医師Bがこの難病を深く理解し、患者たちへの敬意を持っていたとは、とても言いがたい。
それらを総合して考えると、この医師は「高齢者や回復不可能とみなされる患者を生かしておくのはカネの無駄でしかないから、すみやかに生を中断させる、つまり死に導くべし」という信条の持ち主で、この信条に近いものとして、これまで長いあいだ議論されてきた「安楽死」や「尊厳死」という言葉を用いたのにすぎないのではないだろうか。
しかし彼の信条は、「本人らしい生き方」や「本人が考える最期」を尊重するという意味の「尊厳死」という言葉とはほど遠い。生や死の問題を、経済効率性や生産性を優先して決める、という意味では、それはむしろ優生思想に近いものといえよう。
日本医師会の新しい会長に就任したばかりの中川俊男医師も、2020年7月29日の会見で、「患者さんから要請があったとしても、生命を終わらせる行為は、医療ではない」「容疑に問われている医師は、主治医ではなく、診療の事実もなく、(略)決して看過できるものではない」[12]と嘱託殺人を強く非難した。
さて、ここで最初の問題設定に戻ろう。
まず①安楽死、尊厳死など「死の自己決定」についてである。もし医師が経済至上主義的な発想から「生の中断」を肯定(というより推奨)する考えだったとして、今回のALS患者の死は安楽死や尊厳死ではなかったのだろうか。それは医師の問題とは切り離して考えるべきだろう。
先にも述べた通り、安楽死や尊厳死については長いあいだ、多くの議論が行われてきた。そして、それじたいは決して安易に否定されるべきではない、と私も医療従事者のひとりとして思っている。今回の患者もまたブログやツイッターを開設しており、全身が動かない中、視線によるパソコン入力で日々の様子や考えを発信していた。そこから、切実な気持ちから安楽死を強く望んでいたことがうかがえる。本人にとってはそれを実現することが目的であり、容疑者である医師が深い倫理観の持ち主か経済至上主義者なのかなど、あまり関係なかったのではないか。だから、ふたりの医師が、たとえ一部の報道にあるように130万円という謝礼金目当てに薬物注入に及んだのだとしても、それだけで「この人が遂げたのは安楽死や尊厳死ではない」と言うべきではないだろう。
ただ、まだふたりの医師の特異な印象が強すぎるいまは、最初にあげた松井一郎氏のように「尊厳死について真正面から議論しましょう」などと呼びかけるのは時期尚早と思われる。ではいつならいいのか、と言われても答えに窮してしまうのだが……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そしてもうひとつ、自分への宿題として残しておきたいのは、②の「いまの医師はどういう死生観、生命観を持っているか」という問題だ。今回は事件の容疑者である医師についてのみその考えの一端を紹介したが、実は私自身は、この経済合理性を異様なまでに重んじるというのは、多かれ少なかれ、いまの40代以下の医師に見受けられる特徴なのではないかと思っている。
そして、そういった医師たちの一部がいま新型コロナウイルス感染症の問題に関しても、「PCR検査は“コスト”がかかりすぎる」と主張して検査抑制論を展開したり、「威力の弱い感染症なので恐れずに“経済”優先を」という楽観論をネットやテレビで述べたりしているように感じられるのだ。
私はこの傾向をたいへんに憂慮している。たしかに彼らの中には昔の医師に比べ、知識が格段に豊富で、高いスキルを身に着けた医師が多いのも事実だ。しかしすべてを合理的に経済優先で処理しようとする思考パターンが染みついた専門家が、人間にとって避けて通れない、病や障害、老化や死にどう対処するのか。もちろん医療現場ではときにはドライに割り切らなければ正しい診断や良い治療ができないことも多いが、私も医師として経験年数を重ねれば重ねるほど、「人間の生き死には科学や計算だけでは答えが出ない」と思うようになってきた。そこにすべてをコストとベネフィットだけで考えるような“経済至上主義医師”が続々と現れたら、どうなるか……。ちょっと想像するだけでも悲惨な状況がいくつも思い浮かぶ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、最後に③の「生きる意味」について少しだけ、いま考えていることを述べておきたい。
今回の患者の女性はブログやツイッターで自分の考えを発信していたことは先にも触れたが、この人の「安楽死したい」という強い思いの根底にあったものは何だったのだろう。
本人による2018年6月4日の「死生観と安楽死」というブログには「少なくとも私はこの動かない食べられない話せない、唾液さえ常に吸引しないと生きていけない身体で人間らしい人生を送っているとは思えない」[13]とあり、同年11月24日の「ベッドの中と外の世界」には「どんな楽しいことを計画しても、こんな身体で生きるこの世に未練はないな、、、と思ってしまうのだ」[14]とある。
ツイート、ブログ出典一覧(2020年8月14日時点)
[1]https://twitter.com/gogoichiro/status/1286146724180815877?s=20
[2]https://twitter.com/mhlworz/status/1160724864023449600?s=20
[3]https://twitter.com/mhlworz/status/1241473920940666881?s=20
[4]https://twitter.com/mhlworz/status/1251110766171717633?s=20
[5]https://twitter.com/mhlworz/status/1246225073888878592?s=20
[6]https://twitter.com/mhlworz/status/1270242000982302721
[7]https://twitter.com/mhlworz/status/1165440211964157952?s=20
[8]https://twitter.com/mhlworz/status/1197078226377428992?s=20
[9]https://twitter.com/mhlworz/status/1207627748488802304?s=20
[10]https://twitter.com/mhlworz/status/701286837835333632?s=20
[11]https://twitter.com/mhlworz/status/1243031077272178688?s=20
[12]https://ameblo.jp/tango522/entry-12381322757.html
[13]https://ameblo.jp/tango522/entry-12421060743.html
[14]https://twitter.com/tangoleo2018/status/1144949113768648705?s=20
[15]https://ameblo.jp/tango522/entry-12450270249.html
[16]https://twitter.com/tangoleo2018/status/1173886263121678337?s=20
[17]https://twitter.com/origamicat/status/1286227803562680325?s=20
[18]https://twitter.com/origamicat/status/1286269945957855234?s=20
[19]https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74471