たとえば問診では、私が60代なので術後のせん妄(環境変化などによる意識の混濁)のリスクを評価するためにであろう、「認知症」に関する質問がいくつかあった。「これまで認知症と診断されたことはありますか」ときかれ、「ないと思いますけど」と答えると、さらに「自分で認知症を疑ったことはありますか」「まわりの人からそう言われたことは」などと質問が続いた。途中、痛みが強くて答えるのも面倒になってきて、「もう“あり”でいいです」と答えたいほどであった。ガイドライン通りに質問しなければならないという事情はよくわかるのだが、症状が強いときには正しく理解して答えたり署名したりできるとも限らない。これはどうにかできないものだろうか。
あと、ごく一部だが、看護師さんが「はい、チックンします」「ゴックンできましたか」と注射や嚥下(えんげ)のときに幼児に対するような言葉を使うことがあり、それもやや気になった。実はこれは精神科医療の場でも長年、問題になってきたことだ。数年やそれ以上の長期入院者もまだまだ多い精神科の病院では、1980年代くらいまで、スタッフがしばしば成人の患者さんを「ミヨちゃん」「ケンちゃん」などと“ちゃんづけ”で呼ぶことがあった。親しみを込めてのことなのだが、患者さんの尊厳を損なう行為だとして現在では基本的に“さんづけ”で呼ぶことになっている。同時に、必要以上にゆっくり話しかけたりいわゆる“赤ちゃんことば”を使ったり、という習慣も当然、改善された。
あくまで年齢相応の個人として敬意を持って接する。それでコミュニケーションが成立しないときに限り、必要最低限の工夫を試みる。その場合も、スタッフが患者さんを無力な“子ども扱い”することは避ける。それが現在の医療コミュニケーションの原則であろう。
とはいえ、私も、高齢者施設の回診で認知症の入居者と話すとき、つい「今日はひな祭りのごちそう食べましたかー。ケーキ? よかったねー」などと子どもに話しかけるような口調になっていることがある。「親しみを感じさせ、わかりやすく、でも子ども扱いはしないコミュニケーション」はむずかしい。ただ、それを常に意識する必要はあるだろう。そのことを自分自身が「はい、チックン」「ゴックン」と言われることで、改めて認識することができた。
⑤NHKラジオはありがたい
入院中は、夜になってもなかなか眠ることができなかった。ナースステショーンに近い病室だったこともあり、一晩中、心電図などのモニターの音が聴こえる。ウトウトするとアラーム音が鳴り、自分の診療所かと錯覚してハッと目が覚める、という繰り返しだった。
かといって、紙の本やスマホにダウンロードしてある電子書籍を読む気力もない。
そうなると、なぐさめはラジオだけということになり、NHKラジオやNHK-FMラジオをスマホで流して夜をすごした。夜の時間帯のNHKラジオというとよく知られているのは「ラジオ深夜便」だが、それよりも前の時間帯でも、芥川龍之介の作品を朗読してくれたり、音楽とともに心あたたまるちょっとした寸劇を聴かせてくれたり、体力も気力も失っている身に染み込むようなプログラムが続く。FM放送にはクラシックや邦楽、講談といったプログラムが多く、深夜になると語学番組を一挙に流していたが、少し元気になってからはそれも楽しめた。
私は典型的な昭和世代なので、こういった時代を感じさせない内容がありがたいのだが、いまの若者がシニアになり入院した場合は、どんなプログラムを好むのだろう。「あの頃、活躍した声優や動画配信者の思い出話」などなのか。いずれにしても、ラジオは社会的、心理的、身体的に弱っている人たちの頼もしい味方だ。とくにNHKには、その人たちのことを忘れない番組編成をこれからもお願いしたい。
⑥入院の質を決定するもの
入院の質を決めるもの。それは「医療」だろうか。もちろん、医療がおろそかであれば入院の質も何もあったものではないのだが、最近はどの疾患でもガイドラインの徹底などにより地域や医療機関の差がそれほど目立たなくなってきていると思う。私が今回、入院した苫小牧市立病院は地方の中堅都市の医療機関だが、もし大学病院に入院したとしても受けた医療は同じだっただろう。
となると、病院のアメニティや食事が大きいのだろうか。それは確かだが、入院が何カ月にも及ばなければ、ベッドの多少の狭さや食事の質の低さなどは耐えられる。レジャーでホテルに来たわけではない、ということは誰もが知っているからだ。
では、ほかに何があるか。それは病気のときでも使いやすい道具や環境が整っているか、といういわゆる人間工学的な問題だ。
たとえば私の場合、腹痛は手術後もしばらく続いていた。術後はとくに頻回にトイレに通うことになり、その都度、温水洗浄を行う。温水洗浄便座が備えつけられているだけありがたいのだが、リモコンの位置に問題があった。私が使用していたトイレのリモコンは、からだの真横からほんの少し後ろの位置にすえ付けられていたのだ。そのため使用時にはからだをわずかにひねらなければならず、それがたいへんに苦痛で、「もうトイレには行きたくない」と思ったほどであった。
また、病室が寒くて電気毛布を借りたことがあったのだが、どこにでもある製品なのに、弱ったからだにはとても重く感じられ、すぐに外してしまった。「寒い方がマシ」と思ったのだった。その頃は、携帯電話さえ重く感じられてとても両手だけでは支えきれず、ベッドに端を立てかけながら、かろうじて必要なところへの連絡を行っていた。
ほかにも、寝ながら手を伸ばしたところに床頭台(しょうとうだい。ベッドサイドの収納台)があるかとか、ベッドサイドの蛍光灯のスイッチを起き上がらなくても押せるかとか、そういうことがいちいち苦痛かそうでないかの質を決定した。食事についてくるジュースのストローがくるまれているフィルムを破るだけで、渾身の力が必要なこともあった。そういうときは気持ちまで滅入り、「まだ当分、退院できないのか」と悲観的な考えになる。
私はふだん、比較的、新しく発売された国産のコンパクトカーに乗っているのだが、車内の設計は文字通りかゆいところに手が届くほどよくできている。手を伸ばすとちょうどいい位置にエアコンのスイッチがあったり、邪魔にならないが取り出しやすいところに非常用懐中電灯を入れるスペースがあったりする。ハンドル、ブレーキペダルも重すぎず軽すぎず、という絶妙な具合に調整されている。ふだんはそれらがすぐれているとも感じずに乗っているわけだが、今回の入院を終えたあとは、「自動車の設計者は人間工学を熟知しているのだ」と舌を巻いた。
本来なら、身体的にさまざまな困難を抱える人が利用する医療機関にこそ、もっと人間工学的な視点が取り入れられてもよいのではないだろうか。
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このように、わずか10日間弱の入院生活であったが、実にさまざまなことを感じ、考えさせられてきた。「病気になってよかった」とまでは言えないが、「なにごとも経験」とは思っている。重要なのは、医療従事者としてこれからこの経験をどう生かしていけるか、ということだ。その“実践編”についても、また発信していきたいと思っている。