日本における高等教育の学費の在り方を考える機会として、本連載で紹介を続けてきた高等教育費負担軽減プロジェクト「高等教育費負担軽減オンラインセミナー」(全6回)も、ついに最終回となりました。2026年3月12日に開催された第6回の講師は社会教育学者で東京工業大学名誉教授の矢野眞和さん、テーマは「大学を『会社』から『社会』に戻す」でした。
矢野さんはまず日本の大学の年齢主義的特徴に言及し、それを「18歳主義」と呼称しました。この国では大学入学者の年齢は18歳であることが圧倒的に多く、全入学者の約9割を占めます。しかし矢野さんは、「大学に18歳で行く必要はない」「世界に例はない」と主張されます。世界各国の大学を見ると、入学者の2割は25歳以上となるのが標準なのだそうです。
次に挙げたのが、日本の大学の「卒業主義」です。日本の大学の卒業率は高く91%にも達します。この「卒業主義」というのも「世界に類を見ない」と矢野さんは言います。OECD諸国の大学の卒業率の平均は71%、アメリカは54%にとどまっています。
そして、日本の大学のもう一つの特徴が「親負担主義」です。これは大学の学費を親が負担する割合が高いことを意味します。日本は高等教育機関への公費負担の割合が、OECD諸国の中で最小となっているのです。政府は大学の維持運営に予算を回さず、そのため学生の親や保護者が高い学費負担を強いられています。この「18歳主義」「卒業主義」「親負担主義」の3つはセットで成り立っており、「日本的大衆大学の三大病理」だと矢野さんは論じました。
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その指摘は私にも納得のいくものです。特に「18歳主義」「卒業主義」「親負担主義」を病理=日本の大学に特有な不具合の本態や原因として位置づける考察は、私が日頃過ごしている大学の問題点を考える上で、重要なヒントを与えてくれました。「18歳主義」「卒業主義」「親負担主義」が規範として強い力をもっていることが、さまざまな形で排除や抑圧として機能し、多くの大学生や若者を苦しめています。
義務教育から高等学校を経て、大学へと進む習慣が根強いことから、日本の大学の新入生は18歳と19歳がその大半を占めます。それ以外の年齢――例えば20代30代40代で入学してくる人はかなり例外的で、疎外感を味わったり、周囲と打ち解けることが難しくなったりする可能性があるでしょう。この「18歳主義」にはまた、大学生の「年齢の多様性」が奪われているという問題もあります。10代後半~20代前半の学生ばかりのキャンパスの風景は、年齢という点では極めて画一的です。「異なる年齢・世代」の人々との交流が少ないことは、学生の経験の幅を狭めることにつながります。
加えて4年間での卒業を「当然」とする「卒業主義」は、「もう少し勉強したい」とか「学生生活を延長したい」と願った学生がいたとしても、それを叶えることを困難にします。私の大学教員としての経験でも、強いられた「留年」を除けば、4年以上大学に在籍する学生はごく少数にとどまります。日本の大学院進学率は、先進諸国の中でとても低くなっていますが、そこには4年間で大学を卒業してすぐに社会に出る行程を「当然」と考える風潮も、一定以上の影響を与えていると思います。
大学学費の「親負担主義」は、保護者である親が学費を負担することで、子どもの大学生活や進路決定にまで親が介入する度合いを強めました。親/保護者に門限を決められている学生は少なくありませんし、最近は授業の選択にまで親が口をはさむ事例を耳にすることも多く、私の学生時代(1980年代)との違いに驚きます。さらに、親との関係で重要となるのは卒業後の進路です。学生が就職先として自分で選んだ企業について、親から文句を言われたことでのちのち変更したり、あらかじめ「親の意向」に合わせた就職活動を行ったりする学生には毎年出会いますし、その割合は年々増加していると感じています。
10代後半から20代前半の大学生は、「大人」への移行期です。この時期に「親の介入」が強すぎることは、学生が大人となる重要な機会を奪う危険性があります。また、親の介入によって学生の自律性が制限されると、学生が自分で考えて判断することを阻害してしまいます。大学教育の重要な目的の一つは、学生が自分で考えて判断する力を身に着けることですから、親の介入はこの点でも重大な問題です。
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矢野さんは次に、「高学歴化に向けた教育投資は国民所得を増加させる」として、厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」のデータから、大学のコストとリターンを試算した結果を示しました。それによると、大学進学による個人の収益=「家計生涯便益(税引後)」は高卒者よりも6395万円多く、大卒者が生涯支払う納税額=「政府生涯便益(税収入)」も1038万円多いことがわかりました。またこれらの生涯便益と、大学進学の際に家計と政府がそれぞれ負担する費用から算出される収益率は、国立大学で家計収益率6.0%/政府収益率1.5%、私立大学で家計収益率5.5%/政府収益率8.7%となります。
ここで注目すべきは、大学進学によって家計(本人)だけでなく、政府も利益を得るという事実です。大卒者のほうが高卒者よりも本人の生涯所得が高いことは、データからも明らかです。このことが、「大学進学することによって本人に利益があるのだから、その大学の学費は本人が負担すべきだ」という「受益者負担」説の論理をこれまで支えてきました。
しかし、大学進学によって利益を得るのは本人だけではありません。政府も利益を得ます。大卒者も高卒者も、収入が一定額を超えたら政府に対して所得税を支払っています。所得税は累進課税となっていますから、高卒者よりも賃金が高い大卒者は、より多くの所得税を支払うことになり、それが政府の利益となっているのです。大学進学によって、個人だけでなく政府も利益を増しているということは、「受益者負担」を個人のみに適用する論理の不十分さと、政府が大学学費を負担することの妥当性を示します。特に国家予算が少ない私立大学の場合では、政府収益率が家計収益率を大きく上回ることから、私立大学への教育投資を増額する政策の合理性が導き出されます。
矢野さんは教育投資の重要性を示した上で、「教育投資の効果は大きいが、個人が借金するのは危険である」と説明します。先ほどの「賃金構造基本統計調査」データで大卒者と高卒者の月収分布を比較すると、全体としては大卒者の平均月収が高卒者を上回っている一方、大卒者の約4割は月収が高卒者の平均を下回っていることが分かります。大卒者と高卒者を相対的に比べれば、大卒者の所得が高くなるのは明らかです。しかし個人単位でみれば、たとえ大卒であっても高卒者より所得が高い者ばかりとは限りません。つまり将来の高所得を期待して、大学進学のために借金をするのは危険ということを意味します。これは大学進学者が貸与型奨学金を利用し、卒業後に返済することが困難となっている現状とピッタリ一致しており、矢野さんも「高学歴プア」は必ず起きると断言されています。