いわゆる団塊の世代が定年の時期を迎え、彼らをターゲットにしたビジネスも活発化している。田舎暮らしのすすめ、ちょっとぜいたくな海外旅行、陶芸、園芸、そば打ちにシニアボランティア。少子化で学生増が期待できなくなった大学は、60代向けの「シニアカレッジ」などを開設し、熱心な“元青年”たちがキャンパスに集まっているという。
そしてもちろん、定年後の60代には、体力や健康維持のためにスポーツやエクササイズに熱心に取り組む人も多い。今回の遭難事故が起きた北海道では、この9月に60代以上を対象としたスポーツと文化の祭典、「ねんりんピック」の全国大会が開かれる予定であるが、この大会では毎年、サッカー、水泳、剣道、テニスなど各競技で激しい戦いが繰り広げられるそうだ。
60代になり、仕事や子育てからも解放されて自由な時間ができたからこそ、これまでできなかったことを思う存分、やってみたい。そういう気持ちそのものが悪いわけはない。また、いまの60代は心もからだもまだまだ若々しいので、新しい趣味やハードなスポーツにチャレンジすることも十分、可能だ。
しかし、その気力、体力が、彼らを狙ったビジネスと結びついてしまうと、ちょっと危険なことになる。「もっと上を目指したい」「もう一花咲かせたい」という60代のひそかな願望に「大丈夫です、何でも実現できます」と業者が火をつけ、かなり突拍子もない望みも現実にかえてしまう。「プロのバンドをバックに歌い、CDを出したい」「初恋の人を探し出して、一度だけデートしたい」「若者に交じってオックスフォード大学で勉強したい」。こういった夢は、いまやお金さえ出せばほとんどは実現可能なのではないか。
とはいえ、60代の“夢請負人”である業者は、ときにはかなりの無茶をし、荒ワザを使わなければならない。「いやあ、さすがにそれはあなたには無理でしょう」と言えば、客は気を悪くするし、評判も落ちる。だから、少々無理に思われることでも「大丈夫です、あなたならきっとできますよ」と保証し、強引に実行に移す場合もあるのではないだろうか。
今回、事故につながった登山そのものが無謀だった、と言いたいわけではないのだが、検索すると「70代でも行ける」とか「シニアでも安心」などとうたった登山ツアーも多数、あることがわかる。その中には、安全性を疑ってしまいたくなるようなものも見受けられた。
私はまだまだ若い。私の能力には限りがない。これからだって何でもできる……。そういう意気込みの60代が増え、社会を活性化してくれるのはおおいに歓迎。私だってあと10年ちょっとでその年代になるので、そのときは「まだまだ」と自分を奮い立たせたいと思っている。
しかし、客観的に冷静に考えると、やはりできないこと、無理なことはあるはずだ。それを認めようとせず、業者の甘い言葉に誘われて、あまりにも危険な試み、周囲に迷惑をかけそうな挑戦は避けたいもの。「これはさすがに手を出せないな」とぐっとがまんするのも、大人ならではの分別といえよう。