ところが、景気は回復傾向でも戻らないのが失業率だ。先ごろ発表された2009年7月の完全失業率は、5.7%と過去最悪。今後、さらに悪化する可能性が高いという予測もある。
各企業が景気の悪化という理由で人員削減、雇用抑制に走ったのなら、なぜそれが回復基調にある今、また雇用を促進しようとはしないのだろう。
そこにあるのは、この景気回復への漠然とした「不信感」だ。どの企業も、「今はたしかに生産は上向きつつある。株価も上がってきた。でも、これがいつまで続くか、わからない。調子に乗っていると、いつまたしっぺ返しを食らうかわからない」と考え、良い状態の今こそさらに人件費や経費を削減して、合理化を行い、“来るべき第二の波”に備えておきたい、と思っているのだ。
とはいえ、本当に“第二の波”や“しっぺ返し”が来るのかどうかは、誰にもわからない。このようなことを語っていたある経営者に「どういった根拠でそうおっしゃっているのですか」ときくと、「いや、何となくそんな気がするだけだが。ほら、二度あることは三度ある、と言うし」といったあいまいな答えが返ってきて、驚いたことがあった。おそらく、人員削減をさらに進める企業の多くも、何かの具体的な予測やデータに基づいてのことではなくて、ほぼ完全に心理的な理由によってそうしているにすぎないのではないか。
そして、理由はともかく、雇用の悪化がますます促進されれば結果として世の中の消費は冷え込み、景気回復は鈍り始める。そうなったら、今度は経営者たちはこう言うに違いない。「ほら、やっぱり景気回復は本物ではない、と感じたあの直感が当たったのだ。人員を増やさずにいてよかった」。しかし、これは予感でも直感でもなく、きわめて合理的なメカニズムに従って起きただけのことである。
さらに恐ろしいのは、「雇用の悪化」といった情報を目にして、働き手の側も心理的にさらに委縮し、「働こう」というモチベーションがさらに下がっていくことだ。高い失業率などの数字を見ると、「よし、私もこうしちゃいられないぞ」と気持ちを引き締めファイトがわくはず、と考える人もいるようだが、それはあくまでその人が落ち着いた環境で健康な心理状態にいた場合のことだ。
仕事を失っていたりリストラを勧告されていたりして追い詰められた状態にいる人は、「あなたを待つ職探しの世界はさらに厳しい」と言われると、それだけでパニック状態に陥ってしまう。かくして、最初から病んだような状態でハローワークなどに出かけても、仕事が見つかるわけはない。あるいは、万が一、採用されても働き始めたとたんにうつ病が発症してしまうようなこともある。
このように、雇用の現場は、採用する側もされる側も、いま著しいメンタルヘルス不全に陥っていると考えられる。個人の病なら精神科医が治療できるが、企業や労働者全体の病的な状態を治療する“精神科医”はいったい誰なのだろう。「それが政治家だ」と言う人もいるが、今度、選挙で選ばれた政治家の中に、はたして組織や社会の病を治癒させることができる“名医”がどれくらいいることか。
「いや、そこまで政治家に期待しても無理だよ」と悲観的なことばかり言わずに、おおいに期待したい。また、企業側にも「漠然とした不信感」に基づく人員削減、採用の減少が必ずしも自分たちを守る結果にはつながらないことを、十分、認識してほしいと思う。